兄さんのお粥のはなし
ジェリー作
- ストーリー補足
(シオンとの任務中にリナリーが大怪我を負ったよ!お話の始まりはそのあとに運び込まれた医務室)
- 私は まだ―――
- せか…の……なか、に………
リナリー
- 「! リナリー、起きたのかい?」
- 誰かが、慌てて駆け寄ってくる。…とは言っても、足音での判断だが。血を流し過ぎたせいか、頭が働かない。
- にい…さ……?
リナリー
- 「…ああ。リナリー、無事で良かった。
暫く眠っていたから、口に何か入れた方がいい。食べられそうかい?」
- 私は、僅かに動く首を縦に振った。
- 「そう…じゃあ、食堂へ寄って来るよ。
だから……もう少しお眠り。」
- ニイサンが頭を撫でる。優しい手付きに、心が満たされていく。
私は再び意識を手放した。
- ・
・
・
(そして、同じく任務終わりに医務室で点検を受けたシオンサイド)
・
- アラ、シオンくんじゃない!!
帰って来てから全然寄ってなかったから心配してたのよん!?
ジェリー
- ジェリーが大きく身を乗り出す。もう慣れたものだが…
一切たじろがない僕に、周りが感嘆の声を漏らす。
- やあジェリー。今まで医務室に居たんだよ。
…ああ、安心して。怪我は負ってないから。
シオン
- 怪我してないのに医務室?
エクソシストってホント忙しいわね!
ジェリー
- …まあ、形式的な検査というか…
ところで、お粥貰えるかな。
シオン
- 出来れば…中華風とか。
シオン
- 珍しいわねえ。
やっぱり、どこか調子悪いの?
ジェリー
- いいや。文献で見て気になっただけさ。
すごく柔らかく煮てあって…海老や生姜が入ってるんだろう?
シオン
- ありったけの知識を舌に乗せる。任務なんて、文献なんて、ウソ。一巡目、いつかの談話室で、リナリーが知識豊富なラビと楽しげに語り合っていた記憶を引っ張り出してくる。
その後はコムイが乱入してきて、結局彼が昔焦がしたお粥の話に帰結したんだっけ。
……よく思い出せない。
- そうよ。そのレシピ、アタシも見たかったわん。
まあ、具材は地方にもよるけどね!
ジェリー
- 任務先で見たものだよ。それに…
これ以上ジェリーの料理が美味しくなったら、任務に出られなくなってしまいそうだ。
シオン
- 偽りのない言葉を混ぜる。違和感なく微笑めば、ジェリーは黄色い声を上げて喜んでいる。
良かった。催眠を使う必要はなさそうだ。
戦闘員でないはずの彼……いや、彼女はいつも何処か鋭さを持ち合わせている。“今の僕”に優しく接してくれるのも、きっと男だからという理由だけではないのだろう。その温もりが、今の自分にはありがたい。
- 嬉しいこと言ってくれるじゃないの!!
アタシ、とびっきり美味しいの作っちゃう!!
ジェリー
- そうだ。コムイを呼びに来たリーバーが、途中で彼を攫って行ったんだったな。
-
(リナリーが起床。
目覚めると、清潔なナイトテーブルの上には…)
- このお粥……
リナリー
- 小さい頃、風邪を引いた私のために兄さんが作ってくれたものだ。
真っ黒になった鍋底を一生懸命に洗う背中を思い出して、思わずくすりと微笑みが漏れた。
- …いただきます。
リナリー
- 一口喉に通せば、温かいお粥に心も癒やされた。
蓮華を咥えながら、ふと思考を巡らせる。そういえばさっきの兄さん、“おかえり”って言わなかったわ……。どんな日にも必ず言ってたのに……それだけ慌ててたのかしら?
首を捻ったところで答えは出なかった。とにかく今は、早くこのお粥を食べて兄さんの所へ行かなくっちゃ。“ただいま” は、それからで良いわよね。
-
・
- 室長なら、今日は中央庁に行ってるぞ
リーバー
- え?
リナリー
- 私はお盆を持ったまま、頭の中で言葉を反芻する。
兄さんが、中央庁に…?
- ワリィなリナリー。
せっかく起きたってのに。
リーバー
- いつでも忙しない班長は、次々と手渡される書類へと目を通しながら言う。
- でも、さっき医務室に……
リナリー
- 医務室?
リーバー
- ―――医務室には、シオンしか行ってないぞ?
- 一瞬、リーバー班長の言葉が理解できなかった。
シオンくん?確かに、一緒に任務には赴いたが……包帯だらけの自分とは対照的に、彼は相変わらず無傷だった。
そんな彼が、医務室に用などないはずだ。
- リナリーに会いた過ぎて、いよいよ生霊として出たんじゃないスか?
ジョニー
- キャスター椅子に座ったジョニーが、オバケのポーズをしながら話に入る。
- うわ、強ち否定できないのが怖ェ……
リーバー
- 顔を引き攣らせるリーバー班長。
場を和ませるジョニーの言葉も、今の私には届かない。
- それにしても…もう動けるのか?エクソシストだからって無理すんなよ。
アレだけ大怪我してたんだ
リーバー
- そう言われて、はたと気付く。
そうだ、自分は致命傷とも呼べる傷を負っていたはず。まさに“死”を感じるような……。
包帯にそっと手を触れるが、つきりと軽く痛みが走るだけで終わった。
- ジェリー、お皿返しに来たわ。
リナリー
- リナリー!目が覚めたのねっ!?
ジェリー
- 差出人不明のお粥は、きっとジェリー本人が用意したものだと結論づけられた。色々な人と関わる彼女の立ち位置は、随分と耳が早いのだ。
ジェリーが窓口から勢い良く身を乗り出す。私は苦笑いをしながら、自然と上体を逸らす姿勢になった。
- ええ、心配掛けてごめんなさい。
それと…お粥、ありがとう。美味しかったわ。
リナリー
- 未だ身を引く様子を見せない彼女の視線までお皿を持ち上げると、ジェリーは不思議そうな顔をした。
なんだろう?パチパチと瞬きを数度繰り返し、返事を待つ。
- なあんだ、リナリーが食べるものだったのね!
それならそうと素直に言えばいいのに!!
ジェリー
- ジェリーは大きな声を出して笑って…いや、なんだかニヤニヤしてる?
それよりも……兄さん、やっぱり戻ってたのかしら。でも、“素直に”なんて…
当事者の私が言える事ではないかもしれないが、いつもの兄さんなら私の名前を連呼しつつ作らせるに違いない。室長の権力をフル活用で。
- 誰か頼みに来たの?
てっきり、貴女が用意したものだと思っていたわ
リナリー
- ジェリーの目が、サングラスの奥でキラキラ光る。
いつにも増してテンションが高いのは気のせいかしら。
- いやあね、シオンくんよ!
シ・オ・ン・く・ん!!
ジェリー
- ハートを飛ばして体をくねらせるジェリーに、私は再び動きを止める事となった。
“シオンくん”とは……先程班長の話にも出てきた、あの“シオンくん”で良いのだろうか。いや、そんな名前の人は私が知る限りこの教団で一人だけなのだから、そうなのだろうけれど。
-
(尻切れ蜻蛉)