ストレリチア2-1
- ストレリチア
- 2章「愚者は酔狂を求めるか」1
- ……というわけで、アーテル、スカーレット。ジェットという男を探して欲しい
シュエット(若)
- 所属する組織と主な活動範囲を割り出すんだ
シュエット(若)
- 分かりました。謹んでお受けいたします
アーテル
- ええ、任せて
スカーレット
- 人探しといえばアーテルの得意分野だ。期待してるよ
シュエット(若)
- ふふっ、光栄です。
きっと見つけてみせましょう
アーテル
- アーテルの入り込めない場所を私が調べるわ。力を合わせて頑張りましょう
スカーレット
- はい、スカーレットさん
アーテル
- ところでシュエットさん、そろそろ出ないと時間通りにシャノワールの屋敷へ着きませんよ
アーテル
- ……おや、そんな時間か
シュエット(若)
- ところで、今日俺がシャノワールの屋敷に行く予定なのをよく知っていたね
シュエット(若)
- 私の情報網ならお見通しですよ
アーテル
- 頼もしいね。
さすがは元探偵といったところか
シュエット(若)
- あんまりに正確なものだから、少し怖くもあるけれどね
シュエット(若)
- ……それじゃ、行ってくるよ
シュエット(若)
- いってらっしゃいませ
アーテル
- いってらっしゃい
スカーレット
- …….アーテル、探偵だったの?
スカーレット
- いえ、探偵なのは私の父ですよ
私がしたことといえば、父の助手くらいですよ
アーテル
- 探偵の助手が今はストレリチアの諜報なんてね
スカーレット
- 昔のことですもの。それに、ストレリチアに来てコードネームを名乗ったら、過去なんて必要ありませんから…
アーテル
- そうね。持てる技術で任務を遂行してくれたら良いわ
スカーレット
- 閉じ込めたい過去を持つ者にとって、ストレリチアの居心地が良いのは、そういったところでしょうね
アーテル
- 過去より現在というのが総統の方針なのよ
スカーレット
- ありがたいことです。とはいえ組織が大きくなってくると、他組織のスパイも警戒しなくてはなりませんね
アーテル
- ええ。それも含めて情報部の仕事。
ジェットの捜索は特に秘密裏ではないけれど、関係者に知られてジェットを隠されたら、見つかるものも見つからない
スカーレット
- 慎重にやるに越したことはないわ
スカーレット
- はい。滞りなく進むと良いですが……
アーテル
- シャノワール邸
- やあ、よく来たね
クロエ
- こんにちは、お義兄さん
シュエット(若)
- シュエットさん。こんにちは
オルタンシア
- オルタンシア、下りてきていたんだね
クロエ
- ええ。窓からシュエットさんの姿が見えたのよ
オルタンシア
- ねえ、シュエットさん。見せたいものがあるの
オルタンシア
- うん?何かな?
シュエット(若)
- お兄様、シュエットさんを2階へ案内してもいいかしら?
オルタンシア
- うん、行っておいで
クロエ
- オルタンシアはシュエットの手を引いて、軽い足取りで階段を上がって行った。
- 兄さん……良いのか?あいつを家に出入りさせて
ベアトリス
- 今日はオルタンシアが父に言って取り付けた日だからね
クロエ
- それに、2人は婚約したのだから。
そう簡単に変えられないさ。君が不安でもね
クロエ
- ベアトリス兄さんの場合は妹可愛さもあるんじゃないか?
ジャネット
- 嫌な予感がするんだ
ベアトリス
- 心配症だな〜
ジャネット
- 当然だろう。相手はあのストレリチアの次期総統だぞ
ベアトリス
- おや、向こうにとってみれば処刑人の一族の娘との縁談だよ?
クロエ
- それもそうだな。
あんま人のこと言えないな
ジャネット
- 相手方の職業は気になるところだろうね
クロエ
- オルタンシアは処刑に関わっていないとはいえ、外部からしてみれば処刑人一族、シャノワール家の娘なのだから
クロエ
- 親父も若い時、自分の縁談まとめるの苦労したみたいだしな。処刑人だから
ジャネット
- 仕方がない。代々処刑人であるシャノワール家の人間が必ず通る道だよ
クロエ
- だから、オルタンシアが相手探しに苦労しないのは良いことだよ
クロエ
- とはいえ…こんな縁談はシャノワール家始まって以来だろうな。よく父が認めたものだ
ベアトリス
- だろうね。父も相当悩んでいたよ。娘には好いた人と結ばれて欲しいと願っていたから、踏み切ったと言っていた
クロエ
- 恋愛結婚ってやつな。憧れはあるよ
ジャネット
- 縁談の件で思ったんだけど、1番オルタンシアを可愛がってるのって親父だよな!
ジャネット
- うん。その次がベアトリスじゃないかな?
クロエ
- 兄として心配するのは当然だろう?
ベアトリス
- ベアトリス兄さん、誰が来ても気に入らなそう
ジャネット
- ははっ……あり得るね
クロエ
- 煩い。兄さんはどうなんだ?
ベアトリス
- 何が?
クロエ
- 心配してないのか?
ベアトリス
- 私が心配しても仕方ないよ。オルタンシアの幸せそうな顔を信じるしかないさ
クロエ
- やがてストレリチア総統の妻として生きるのが、オルタンシアの道なんだよ
クロエ
- シャノワール邸・2階
- 見て。今日来たお客様が紫陽花の花束をくださったの。綺麗でしょう?
オルタンシア
- これは見事だ。オルタンシアが活けたのかい?
シュエット(若)
- ええ。いい花瓶があってよかったわ
オルタンシア
- 花は好きよ。だけど切ってしまったら長くは保たないから、なんだか切ないわ
オルタンシア
- 花瓶に生けた姿も好きだけれど、花は土の上に咲いている姿が安心するのよ
オルタンシア
- それでオルタンシアの部屋にある花は、全部鉢植えなんだね
シュエット(若)
- ええ
オルタンシア
- 土の上に咲いていれば、次の年にまた同じように咲けるもの。花瓶の花は散ってしまえばそれまでだけれど
オルタンシア
- オルタンシアは優しいね
シュエット(若)
- ところで、長らく会えてなかったけれど、寂しくなかったかい?
シュエット(若)
- あなたを待つことは少しも辛くないのよ。約束したら必ず来てくれると信じているから
オルタンシア
- 紫陽花の花言葉は辛抱強い愛情…こんな俺をいつまでも待っていてくれる、君によく似合う
シュエット(若)
- ふふ、ありがとう
オルタンシア
- ……さてと、もう行かなくちゃ
シュエット(若)
- 忙しいのね…
オルタンシア
- すまないね。もっとゆっくりできれば良いのだけど
シュエット(若)
- ううん。少しの間だけでも来てくれてありがとう。また会いましょう
オルタンシア
- 〜シュエットが帰った後〜
- ……シュエットさんに見せられて良かったわ。無理やり生かしてしまってごめんなさい
オルタンシア
- 私のこの力を知っても、シュエットさんは好きでいてくれるかしら……
オルタンシア
- ……オルタンシア?
クロエ
- クロエお兄様……
オルタンシア
- 枯れた紫陽花、上手く蘇生できたかい?
クロエ
- ええ。シュエットさんに見せるまでと思っていたから、もうお終いにするわ。本来ならもう枯れてしまっているものだから
オルタンシア
- 死んでしまったものを生き返らせるのは、多くの人の願いだけれど……命の道理に反することだもの
オルタンシア
- 生き物の生死は倫理で律さなければならない。生き残れないもの、終わるべくして終わったものを無理に生かし続けることは不幸だ
クロエ
- しかし、私たち処刑人の家系から、生の力を操る能力を持つ者が出たのは皆驚いていたよ。命を奪うことはあっても、与えることはしなかった人々の集まりにね
クロエ
- はっきりと覚えているの。幼い頃、庭の花を枯らしたのが初めて死の力を使った時
オルタンシア
- そして、お庭で死んでいた猫を生き返したことが、初めて生の力を使った時よ
オルタンシア
- この力はあまり好きではないの。本来ならば、命を与える力は人の業からは外れているはずよ。子供の誕生を除いては…
オルタンシア
- 他にできる人がいないのに私だけできるなんて…まるで人から外れてしまったみたい
オルタンシア
- そんなことはないさ。オルタンシアは私達の大切な家族で、れっきとした人間だ
クロエ
- けれど……非常に珍しい力を持つオルタンシアには、何か神から与えられた使命があるのかも知れないね
クロエ
- 使命なんて……私には重すぎるわ
オルタンシア
- 大きな使命だろうね。オルタンシアの力は世を大きく動かすことができる。何せ死んだ者を生き返らせるのだから
クロエ
- 生と死を操る力は欲しがる人が沢山いるだろうから。力を使うか否かと干渉を受けやすい。人の願いを背負う力だからね
クロエ
- お兄様…私、実は怖いのよ。生と死の力を必要以上に使ってしまうような…そんな風に自分自身が変わってしまったら、恐ろしくて…
オルタンシア
- 周りに飲み込まれなければ、大丈夫だよ。オルタンシアは優しいからね
クロエ
- それに、結果を制御できるなら何も問題はない。今日のように、紫陽花を見せたくて蘇生する程度であれば、誰も咎めはしないさ
クロエ
- そうだと良いけれど……
オルタンシア
- 運命に干渉するほどのことに使わなければ良いだけだよ
クロエ
- オルタンシアはなるべくシャノワールの家業に従事させずに育てよう。できれば生き死にの絡まない世界へ送り出してあげよう……それが父の願いだ
クロエ
- うちでは父の願い通り、オルタンシアを育ててきたけれど……。ストレリチアでのことは、シュエットくん次第だ
クロエ
- 私もストレリチアでお仕事をすることになるのかしら……?
オルタンシア
- シュエット君はオルタンシアを構成員として動かす気は無いと言っていたよ。
総統の妻として生と死の力を使う機会は、訪れないんじゃないかな
クロエ
- 今の所の話だから、こればかりは、彼を信じるしかないよ
クロエ
- そうね……
オルタンシア
- ありがとう、お兄様。
……紫陽花、片付けてくるわね
オルタンシア
- 2章2話に続く