ひとり劇場

はるかとその友達の雑談R その21

渇きが止まらない夜だった。

学校に友達なんていないし、家に家族なんていない。
日にちが変わる頃部屋の片隅で毛布に包まっていると、焦燥と閉塞感が私を押し潰そうとして来る。鉄のように重く、ヘドロのようにベットリとしているそれは、私の持っている希望とか、未来とか、夢とか、そういうものを全て奪い去っていく。
普段はそんな時、違法アプリで無料ダウンロードした音楽を聴いたり、SNSを見たりして気を紛らわせているのだが、今はスマホに通信制限が来てしまっていて、つまり私のスマホは何処とも繋がらなくなってしまっていた。

このままだと本当に死んでしまいそうな気がして、私は家を飛び出した。
スマホを買う以前の最悪な夜は、よくこうして家を飛び出して繁華街で孤独を紛らわせていた。
無性に人のぬくもりを感じたくなって、何度か身体を売ってみた事もあった。しかしそれでも、私の心は渇きを覚えたままだった。
何故って、結局それは唯の需要と供給の関係だったからだ。
今はスマホの機種代と通信量を払う為に、月数回仕方なくそれをやっている。売春は、案外金になるのだ。
私の身体が一方的に消費されている時、私の心は私の身体から遠い所にあって、そんな時私はフワフワと宙に浮いている様な感覚に陥る。
それが心地よい時もあるし、心地よくない時もあった。
相手が私に対して何を求めているのか、とか、私は相手に何をしてあげればいいのか、とか、そういう事を考えるのが私はすごく苦手で、私はきっと、青春とか部活とか、つまりは真剣に人と繋がろうとする事が一生出来ない側の人間なのだろう。
だって、今まで全然、そういう生き方をしてこなかったから。


最近私は、繁華街の裏にある小さな公園で煙草をふかしながらボーッとしている事が多くなった。
ここに来れば1人でいられる。
私の心は、もうとっくに干からびていた。

しかし、今日は公園の様子がいつもとは少し違っていた。
私が公園へ足を運ばせると、少ない街灯に照らされて何か大きな影が噴水の隣に鎮座しているのが見えた。噴水から水は出ていない。ここの公園の噴水は、3時間置きに放水と貯水を繰り返すのだ。

シャッ シャッ シャッ

何かを擦り付ける様な音が聞こえる。紙みたいな物に、硬い何かを滑らせている様な、軽快な音だ。
はるか
あーなんか変だな。光の加減が上手く描けないや…
あ。
一瞬で理解出来た。
ここで絵を描いている人がいるんだ。
外で絵を描いている人を実際に見るのは初めてだった。
その人は遠くから見てもものすごく手の動きが俊敏(はや)くて、私の目にはまるでプロの画家みたいに見えた。
はるか
おや…
あ…こんばんは。
はるか
こんばんは。
足音で私の存在に気付かれてしまった。
挨拶を交わした後そそくさと立ち去る事も出来たのだが、どうせどこへ行っても最悪な夜なのは同じ事だったし、危ない人でも無さそうだったから、コンビニで買った80円の天然水を飲み干してしまった私はおそるおそるその人の元へ近づいてみる事にした。
はるか
学生さんかい?
あ………はい。
はるか
ダメじゃないかこんな…
こんな…と言いかけて、その人は口を閉じた。
おおかたこんな時間に…とか、こんな場所に…とか、そういう事を言おうとしたのだろう。
はるか
ここは素敵な場所だね。
…そうですか?
はるか
私の目には素敵に見える。
遠くからこっそり見ていた時は気付かなかったが、どうやらこの人は画用紙にこの街の夜景をスケッチしていた様だ。しかも、ものすごく上手い。
はるか
今丁度、個展に出す絵を描く為にこの街の夜景をスケッチしていたんだが…如何せん、人が全然いなくてね。困っていたんだ。
ああ…だっていま、緊急事態宣言発令中ですもん。
ん?
ん?と思った。夜景をスケッチするだけなのに、果たしてそこに人は必要なのだろうか。
はるか
私はね、街が好きで…街で生きている人間の営みが好きなんだ。みんな繋がっている感じがしてね。…だからつまり、街の風景に溶け込んでいる人間を描きたかったんだけど…。
みんな、繋がっている…
繋がり。繋がりって一体何なんだろう。
はるか
あーもうやめだやめだ。街を描くのは緊急事態宣言が解除されてからだな…。
はるか
あ、そうだ…
と、その人は私のそばに駆け寄ってきた。途端に周りが柔らかなシャンプーの香りに包まれる。ラブホテルのシャンプーとはまた別の、何だか安心する香りだ。
はるか
良かったら、君をモデルにスケッチを描かせてくれない?
モ、モデル?
はるか
椅子なら私のを使ってくれていい。私は立って描くから。自然体で椅子に座ってくれているだけでいいんだ。…このまま家に帰るのも、何だかスッキリしなくてさ。それに…
それに?
はるか
この出会いを無駄にしたくない。
特に断る理由も無かったし、タダで自分のスケッチを描いて貰えるというのは俄然気分が悪いものでも無かった。何より目の前で絵描きが絵を描く所を見られるのは何だか貴重な経験だと思ったので、私は「なるほど、分かりました。」と言い、そのまま吸い込まれる様に椅子に座ってしまった。
はるか
ラフカディア以外の人を描くのは久しぶりだな。フフ。
…。
はるか
じゃ、スケッチ開始と言う事で。
あ、あの!
はるか
ん?
その、私の絵は…個展に出したりするんですか?
はるか
出さないから安心してくれ…。個展に出す絵を描くなら、こんな思い付きでモデルを頼んだりはしない。その時は、ちゃんとお金を払って君を使わせてもらうよ。
お金を、払って…
はるか
それとも…そっちの方が良いかい?
えっと…
悩んでいた。特段肖像権を気にしている訳でも無いし、だったらお金を貰って絵を描いてもらった方が絶対に良い筈なのに。…それでも私はこの時、タダで自分の絵を描いて欲しいと、強く思ってしまったのだ。
今お金を受け取ってしまったら、きっとこの出会いは特別なものでは無くなってしまう。そう思ったのかもしれない。
あの、お金はいいです。大丈夫なので。
はるか
そっか。…じゃ、今度こそスケッチ開始だ!時間は10分位かな。ポーズを変えなければ、普通に喋ったりしてくれても大丈夫だよ。
そう言うと、その人はポケットからスマホを取り出して、タイマーを10分にセットした。
シャッ シャッ シャッ と、紙の上で鉛筆が踊り始める。咄嗟に何か芸術的なポージングが取れる訳でも無く、私はまるで、面接に臨む就活生みたいに椅子の上で縮こまってしまっていた。
…だけど、不思議とベッドの上で誰かと身体を重ねている時に感じる虚無感は湧いてこなかった。心が身体から離れて出ていく事無く、ずっとそこにいてくれている。
はるか
あーなるほど、ここをこう繋げればいいのか。ハイハイハイ…
あの…
はるか
どうした?
繋がりって何なんですか?どうしたら…感じる事が出来るんですか?
はるか
例えば…線と線の繋がりが分からなくなった時は絵の細部だけじゃなくて、絵の全体を見渡してみると、どことどこの線を繋げればいいのかが分かりやすくなるね。
公園の街灯が、私とその人だけをスポットライトの様にこうこうと照らしていて、街はこんなに明るいのに、外には誰もいなくて、街全体が凍り付いてしまったみたいで…何だか、まるで本当に世界にひとりぼっちになったみたいで。

きっと、この時の私はものすごく寂しかった。



ピピピピ…と、アラームの音が鳴る。
はるか
よし、出来た!
見てもいいですか?
はるか
いいよ。
その人が描いたスケッチはやっぱりものすごく上手くて、無駄な線が一切無い、綺麗な肖像画だった。
絵の中の女性は凛々しくて、それでいて優しい顔をしていて、自分を描いて貰った絵の筈なのに、なんだか自分以外の人間を見ている様で…
素敵…
はるか
だろう?
え?あ…すいません。つい。陳腐な感想で…
はるか
ふふ、感想は何だっていいんだ。君が私の絵を見て心を動かしてくれたと言う事が嬉しい。ありがとね。
なんか、その、私絵の事はあんまり詳しくなくて、だけど…寂しい時とかに見たら、きっと元気が出る絵だなって思いました…。
その時、私の口が勝手に動いた。…様な気がした。
あの!この絵…欲しいです。貰ってもいいですか?
自分があまりにも欲望に忠実な言葉を口にした事を自覚するのに数秒かかった。
同時に、自分の中からこんなにも真っ直ぐな欲望が生まれた事に、私は少し驚いていた。
その人は一瞬眉を上げてきょとんとした顔になったが、すぐに元の凛々しい顔に戻った。
はるか
いいよ。
私はその人から絵を受け取った。
その瞬間、私の中で急速に何かが潤い始めた。
とっくの昔に干からびていた大地にいきなり土砂降りが降り始めた様な、そんな感覚。
その土砂降りは私の心を容易く飲み込んで、私の心は、遂に洪水を起こした。
私、私…人と人の繋がりとかよく分からなくて、理解出来た事も感じた事も全然なくて、それでも…それでも、それでも。
はるか
ああ、だからさっき繋がりがどうのって…
それでも、それでも…私、誰とも繋がれない人間だから、きっと将来だって、何者にもなれないんですよ。私それが…すごく悔しくて……
はるか
大丈夫だよ。
私は君の事、何も知らないけど…と、その人は言う。

その時だった。その人の隣にあった噴水から勢いよく水が噴き出し始めた。

柔らかな街灯の光に照らされた水しぶきは、小さな虹を作りながらキラキラと私たちを覆う。その光景があまりにも美しすぎて、思わず私は、この瞬間が永遠に続けばいいのに…と願ってしまった。
そして、私は………
はるか
誰とも繋がっていない人間なんてどこにもいないよ。…だからきっと私たちは、何でも出来るし、何にだってなれるんだ。
その時私はきっと、その言葉に本当に救われたんだと思う。

気が付けば涙が止まらなくなっていた。貰った絵が自分の涙と噴水の水しぶきで濡れないように、私は必死にその絵を守った。

誰とも繋がれない私は、大人になってもきっと何者にもなれないとずっと思っていた。だけど…それでも、それでもそれでも、私はきっと誰かと繋がっている筈だから、これからもっともっともっと、色んな人と繋がれる筈だから。
だからきっと本当に、私は何でも出来るし何にでもなれるのだ。将来の夢はいくつかあって、その夢を叶えたら死ぬのもありだと思っていたけれど、けど私はきっと、今持っている夢を叶えた後だって、きっとまたそれ以外の、別の何かにだってなれる筈なのだ。
はるか
お、おいおい、大丈夫かい?
あの…よければ、お名前を教えて頂けませんか?変な事には使わないし、迷惑な事もしないので…。
はるか
天野はるか。今はデザイナーで、イラストレーターで、将来は漫画家とアニメーターもやりたいと思っているよ。あっ出来たらyoutuberもやりたいな…
夢が…いっぱいあるんですね。
はるか
素敵だろう?
はるか
ああそうだ、そしたら君の名前も教えてよ。ちゃんと○○さんへ…ってその絵に描いておきたい。それはもう、君の為の絵だからね。
ふふっ、分かりました。
私の名前は………………!
私はここにいる。ここで生きて、息をして、自分の足で立っている。だからきっとどこへだって行ける。それが私、だから。

だからきっと、いつか私の中で、この瞬間は永遠になるのだろう。
 
●●●
 
それから、私の人生は急に何かが劇的に変わり始めた訳では無かった。ただ少し、少しずつで良いから、私は社交的になろうと努力してみる事にした。
素敵な服に素敵なヘアスタイル、それにあの人みたいな香りのする高いシャンプー。そういうものに身を包んでいると、社会と繋がっているんだという実感が出来て、少しは自分の身体を大切に出来る様な気がした。
夜になったら、サブスクで好きな音楽を聴きながら、好きな進路に進む為の勉強をしよう。
きっとその先に、あの人がいる筈だから。

なんだ、繋がりってこういう事だったんだ。
まるで心の中に大きな虹が架かったみたいだった。なんでもできて、なんでもなれて、どこへだって行ける。
私の未来はきっと、いつだって、無限大なのだ!

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投稿日時:2020-04-30 19:40
投稿者:はるか
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