聖アンデルセンの気まぐれ
憎たらしいけど憎めない、それがアンデルセンです。
- ……
アンデルセン
- お?
アンデルセンじゃない。
ブーティカ
- やあ、こんにちはーアンデルセン!
元気??
ブーティカ
- ……
アンデルセン
- フッ!
アンデルセン
- あー!ちょっと、なに笑ってるのよ!しかもその人をバカにした笑いかた!
やっぱり、わたしの顔に何かついてるんでしょ?
いや、あんたがいちいちそんなこと気に留めたりしないか。
ブーティカ
- ねえ、いったいなんなの?教えなさいよ!
ブーティカ
- まあまあそう舞い上がるな、見苦しい。
いやなに、あれだ、貴様の乳はあい変わらずバカにでかいなと思ってな。
アンデルセン
- はあ!?な、なに言ってるのよ?
ブーティカ
- まあ、自分で言うのも何だけど、確かにわたしのお乳は大きいほう………
いやいや、ってかあんたそんなことで笑ったの??
ブーティカ
- はあ?バカか?貴様。そんなことくらいで俺が笑うはずないだろう。
貴様のでか乳を見て、ふとあるイメージがよぎって、それがおかしくて笑ったのだ、まったく。
アンデルセン
- どんなイメージよ??
ブーティカ
- ほら、俺は子どものころの姿で現界したろう??
アンデルセン
- うん。
ブーティカ
- そんな俺の体は大きいか、小さいか?
アンデルセン
- まあ、子どもの姿だから小さいけど……
ブーティカ
- そうだろう?
その小さい体の俺に、貴様のでか乳がくっついてみろ、一体どうなる?
そのでかすぎる乳の重さに耐えかねて、俺の体はひどく前屈みになるに違いない。そう、ヨボヨボの老婆のようにな。
アンデルセン
- それに、子どもの体にそんなでか乳がくっついてる姿がまずもって異様だ。化け物という他ないだろう。
とまあ、こういう考えが、ふっと脳裏をよぎったのだ。どうだ?滑稽だろう?笑わないわけにはいくまい、ハッハッハッ!!
アンデルセン
- ……
ブーティカ
- 喜んでいいぞ、ブーティカ、もとい、でか乳!
貴様の生活するうえでは邪魔でしかないそのでか乳が作家の想像力を刺激したのだ!
どれ、一つそのような人物が主人公の物語でも書いてみようか??
アンデルセン
- ハッハッハッ!!
アンデルセン
- あんた、いつにも増して今日はぶっ飛んでるわねえ……
それに、いつにも増して憎たらしいわ。
ブーティカ
- 憎たらしくてけっこう。
別におまえに好かれたからといって、目を見張るようなアイデアが浮かんでくるわけでもなし!
アンデルセン
- あのねえー、そういうところが憎たらしいって言ってるのよ……
ブーティカ
- だから、憎たらしくてけっこうだと言っているだろう??
アンデルセン
- はあー……
ねえ、アンデルセン?
わたしね、あんたとはそこそこの付き合いだけど、いまだにあんたの良いところが見つからないのよ。
ブーティカ
- おまえが俺の良いところを見つけたところで、俺に一体どんな得がある?
俺の執筆速度が上がるというのか?
反故の原稿枚数が減るというのか?
なんにもならん。ただ、おまえが自己満足に酔いしれるだけではないか?
まったく、馬鹿馬鹿しい。
アンデルセン
- じゃあアンデルセン、あんた自身、自分の良いところって何だと思う?
あ、良いところっていうのはサーヴァントとか作家としての良いところじゃなくて、人間として良いところね!!
ブーティカ
- 答えたら俺を解放すると約束するか??
アンデルセン
- あー、あたしが納得したらいいよ!!
ブーティカ
- まったく!とんだ痴れ者に捕まってしまったものだ。栄養がそのでか乳ばかりに行って、肝心の頭脳にはあまり行き届いてないのだろう……
アンデルセン
- いいだろう、答えてやる。
アンデルセン
- ふむ、俺の良いところ、か。
そうだな。
俺には人並外れた想像力と集中力が備わっている。そのおかげで俺は数々の作品を世に送り出すことができたわけだ!!
アンデルセン
- よし!これでいいだろう。
じゃあ俺は行くぞ。
アンデルセン
- ダメです。
それは作家としての良いところであって、人間としての良いところじゃないです。
ブーティカ
- 作家は人間なのだから、かまわないじゃないか??
アンデルセン
- 屁理屈をこねないの。
人間としての良いところっていうのは、たとえば、小さな子どもを見ると思わず微笑んじゃって、胸が温かくなるとか……
そういうの。
ブーティカ
- じゃあもうそれでいいぞ。
アンデルセン
- ダーメ!
ちゃんとあんた自身のことを考えて答えてちょうだい。で、あたしを納得させてちょうだい。
ブーティカ
- 糞っ!!
アンデルセン
- ほらほら想像力が豊かなことが自慢なんでしょう?
じゃあ、考えて考えて!
ブーティカ
- ううむ………
うむむ………
アンデルセン
- お!
閃いた!!
アンデルセン
- なになに?言って。
ブーティカ
- 俺は、はっきりと判断を下す。
良いものは良いといい、嫌なものは嫌だと妥協なんぞせずはっきりと判断する。
例えば今のこの時間だ。この非生産的で、ぬるま湯のような時間。
これは嫌なものだ。
俺は一刻も早く、でか乳、おまえの前から姿を消したい。
アンデルセン
- どうだ?これが俺の人間として良いところだ。納得しただろう?
アンデルセン
- ダメだこりゃ……
ブーティカ
- じゃああんた自身のことはもういいから、今度はあたしの良いところを言ってよ!
ブーティカ
- はあ!?何故だ?
アンデルセン
- 誰かの良いところを言ってあげるってことは、誰かを喜ばせるってことだからね。
誰かを喜ばせるのって、良いことでしょ?
そいでそんな良いことが出来るってのは、その人の良いところじゃない?
ブーティカ
- あ、もちろん、これもあたしが納得しないとダメだからね。お乳がでかい、とか、そんなの却下だからね。
さあ、考えて。
早くわたしから解放されたいんでしょお?
ブーティカ
- 貴様というやつは、物語でいえば駄作も駄作、超駄作もいいところだな。どこまで俺を煩わせれば気が済むのだ!?
アンデルセン
- はい、却下!
ブーティカ
- むー。
アンデルセン
- そうだな……
ブーティカ、おまえサーヴァントとして現界した姿のころには、確かすでに子どもがあったと言っていたな。母親であると。
アンデルセン
- うん、そうだね。
ブーティカ
- ふむ、だが今のおまえの姿を見たところ、とても子を持つ女には見えない。
つまり一般的な母親像とはかけ離れた、非常に若々しい姿をしているということだ。
しかし、姿はそうだが、おまえは母親らしく母性愛に満ちている。俺には鬱陶しいだけだが、ひどく面倒見が良い。
アンデルセン
- ふんふん。
ブーティカ
- つまり、ギャップというやつだ。母親らしからぬ容姿だが、その実母親で、母親らしい一挙手一投足を見せる。それは一つの属性としては、もはや完璧だ。
実際、おまえのファンは多いことだろう。この俺は違うがな。
まあ、つまりおまえは人に好かれやすいタイプだということだ。
アンデルセン
- へえー!
てっきり、おまえにはなにも良いところなどない、いや良いところがないことが一周回って良いところなのだ、とかなんとか言うのかなあって思ってたけど……
やれば出来るじゃない!!
ブーティカ
- 嬉しいなあー!
へえー、あたしのことそんなふうに思ってたんだあー!
ブーティカ
- お、おい!やめろ!!
俺の頭を犬のように撫でたりするな!
アンデルセン
- ありがと、アンデルセン。
最初はお遊びのつもりだったけど、それがこんなに元気を貰えるなんて。
しかも、あんたにとはねえー。
ブーティカ
- 満足したか?
アンデルセン
- それはそれは何より。
では、俺はもう行ってもいいな??
アンデルセン
- そういえば、同じようなことシェイクスピアも言ってたなあー。
ブーティカ
- なにぃ!?あの劇作家が、か?
アンデルセン
- うん。
あれは、いつ言われたんだったっけか?
よく覚えてないけど、急にやってきて急に言われたのよ。細かいところは違うけど、だいたい同じことを。
ブーティカ
- ん?どうしたのよ、アンデルセン。
変な顔して……
ブーティカ
- 悪いが、前言撤回させてもらおう。
アンデルセン
- 人間嫌いの俺が、人間好きのあの男と同じことを言ったなんて虫酸が走る。
ああ、ヘドが出そうだ!!
アンデルセン
- なにより恐ろしいのは、ブーティカ、おまえが教えてくれなかったから、俺はあいつと同じ言葉をずっと共有しているということだ。
感謝する、よく教えてくれた。
アンデルセン
- 糞っ、俺の想像力もヤキが回ったか??
アンデルセン
- ちょっと、なに言ってるの?
ブーティカ
- 前言撤回だと言っているのだ。
さっき俺が言ったことは、すべて水に流してもらおう。
変えさせてもらう。
アンデルセン
- おまえにはなにも良いところなどない、いや、良いところがないことが一周回って良いところなのだ。
アンデルセン
- じゃあな!
アンデルセン
- こらっ!
なに訳の分からないことを言って……
あ、ちょっと!待ちなさい!そんなんでわたしが納得すると思ってるの?こーら!
ブーティカ
- あー、行っちゃった。うまい具合に隙をついたわね……
ブーティカ
- まあ、また今度見つけたときに捕まえればいいか。
なんか、すごく疲れた……
やっぱり、あいつから良いところを見つけるのは難しいわね。はあー。
マタハリのところにでも行って、気分転換しようかな。
ブーティカ
- ん?
ブーティカ
- あ、戻ってきた。
ブーティカ
- おい、でか乳。
せっかくだからお前にこれをやろう。
アンデルセン
- え?
な、なにこれ??
ブーティカ
- 何だ、おまえ。万年筆を知らないのか?
アンデルセン
- いやそれは知ってるけど……
ブーティカ
- じゃなくて、何でこれをくれるの?
ってこと。
ブーティカ
- ああ、これはもう用済みだからな。
新しいのが手に入ったからな。
アンデルセン
- この前ダヴィンチにそのことを話したら、じゃあ使わなくなったやつを譲ってくれと言ってきてな。
アンデルセン
- それでダヴィンチのやつにくれてやろうとポケットに入れて持ち歩いていたんだが、すっかり忘れてしまってな。
ポケットのなかにあることも忘れて、さっきたまたまポケットに手を入れたときに気づいたというわけだ。
アンデルセン
- それなら、わたしにじゃなくてダヴィンチちゃんにあげないと。
ブーティカ
- いや、俺はいつでも物語のことを考えているからな。いま気づいても、ポケットにしまって、しばらく経てば忘れてしまうかもしれん。
アンデルセン
- いや、きっと忘れるだろう。そんなことの繰り返しでは、ダヴィンチにくれてやるのは一体いつになるやら知れたものではないわ。
アンデルセン
- それに、ダヴィンチのほうも催促してこないということは、やつも同じように忘れてしまっているのだろう。
それなら、今ここでおまえの手に渡してしまったほうがいい。そういうことだ。
アンデルセン
- わざわざ戻ってこなくても、捨てたら良かったのに。
ブーティカ
- 捨てる、だと?
これを?俺がか?バカめ!何を言うか!!
アンデルセン
- 今となっては用済みだが、それでもかつては俺と苦楽をともにした万年筆だぞ。
これには、俺の作家としての魂が宿っているのだ。それを捨てるだと!?バカも休み休みに言うがいい。これを捨てるなどという選択肢は俺にはない!
アンデルセン
- 俺が使わなくなったのなら、他の誰かが使えばいい話ではないか?
アンデルセン
- ブーティカ、おまえ、物を書いたりするか?
アンデルセン
- ああ、日記くらいだけど。
ブーティカ
- よし!なら、この万年筆を使え!これを使って書け!何せ、こいつには俺の魂が宿っているのだからな。
アンデルセン
- 作家の魂、このアンデルセンの魂だぞ。
おまえは自分でも驚愕するような冴え渡った言葉を紡ぎ出すことができるだろう。シャーペンなどという浮わついた小道具は使うな。使うならこいつを使え!!
まあ、インクは自分で調達するのだな。
アンデルセン
- ほら。
アンデルセン
- あ、ありがとう。
ブーティカ
- じゃあな。今度こそじゃあな、だ。まったく、無駄なことに貴重な時間を費やしたものだ。
これをくれてやったのだから、もう俺にかまうなよ。俺は忙しいのだ。
アンデルセン
- (走り去る)
アンデルセン
- へぇー。
ブーティカ
- 良いところあるじゃない。
ブーティカ