ラプラスの刑事
- 華の捜査一課、その事務所。パーティションで区切られた小スペースには、書類の山と、コーヒーの空き缶が大量、それと身だしなみのなってない女、もとい、ご教示賜る先輩殿が、オフィスチェアが曲がるほどもたれかかっていびきをかいていた。
ミズキ
- ん……うがっ
ミズキ
- んあっ!?誰だお前!?
ミズキ
- あ……おはようございます
名無しさん
- 本日付でこちらに移動して来ました
名無しさん
- 経験が深い訳では無いのですがご評価いただきこちらに配属となりました
名無しさん
- お恥ずかしながらいわゆるキャリアと言うやつで……
名無しさん
- 鷹峰先輩がご教育下さるとの事で伺っております。何卒、よろしく……
名無しさん
- あーあー、いい、堅っ苦しいのは
ミズキ
- 今からルールを言う。覚えろ
ミズキ
- そう言うと鷹峰先輩は、指折って数えながら一つ一つ一方的に決め事を言い並べた。
ミズキ
- 1つ目、私の呼び名は鷹峰先輩で敬語は丁寧語までで良い
ミズキ
- 2つ目、私の飲みの誘いは断るな
ミズキ
- 3つ目、片付けはお前の仕事だ
ミズキ
- 4つ目、書類は触るな。場所が分からんくなる
ミズキ
- 以上!弁当とコーヒー買ってこい!代金はお前持ちだが飲み代でペイしてやる!仕事は見て覚えろ!
ミズキ
- 華の捜査一課に来て初めての仕事はパシリだった。こんな後輩使いがまかり通るのかと他の先輩に聞いたら、鷹峰ミズキの名前を出したところで納得された。
ミズキ
- 生真面目そうな人にまで「パシリをやって仕事は見ておけばいい」と言われ、諦めがついてしまった。
ミズキ
- 配属当日、勤務後───。
ミズキ
- おい、飲みに行くぞ
ミズキ
- えっ、今からですか!?
名無しさん
- 約束を忘れたか?
ミズキ
- お前は私の飲みの誘いを断れば金銭上損する
ミズキ
- 行くぞ
ミズキ
- とても警察に属する人間のやり口ではない。
ミズキ
- とはいえ、飲みの席で学びになる何かを教わるかとしれない。ここは大人しくついて行こう。
ミズキ
- 連れていかれた先はバーだった。カウンター席の無いバーで、テーブル席には緑色の整った毛並みの布、ビリヤードなんかで使うラシャとかいう素材のプレイマットが敷かれている。
ミズキ
- 先輩はガラの悪いチンピラのいる席に座ると、ウェイターを呼んで酒を注文した。
ミズキ
- おい、お前も飲みたいの頼め
ミズキ
- タダ酒飲ましてやる
ミズキ
- 向かいの席の男がムッとする。
ミズキ
- ちょっと、勝手に相席なんかして……大丈夫なんです?
名無しさん
- あ〜、ここはそういうバーだ
ミズキ
- 賭けに勝ったら、負けたヤツの奢り
ミズキ
- 難しい事はねえ
ミズキ
- 警察が賭け事など言語道断だが、飲食の席などで会計を運に任せて決めるのは「一時の娯楽に供する物」としてお咎めなしになる事が多い。認めたくないが罪にはとえない。
ミズキ
- ウェイター、カードを配ってくれ
ミズキ
- 先輩はウェイターがカードを切る様子をじっと凝視していた。そこに難事件の証拠品でも紛れているかのように、じっと睨んで視線をそらさなかった。
ミズキ
- カードが配られると、その目を見てつまらなそうな顔をする。8のスリーカード。十分に強い手札だが……
ミズキ
- 相手のチンピラを見ると、ニタリと笑っている。余程強い手なのだろう。
ミズキ
- チンピラが2枚の交換を宣言した。交換されたカードを見て、チンピラはスンと真顔を見せたものの、また薄ら笑いを浮かべてカードを伏せる。
ミズキ
- ウェイター、カードを1枚、交換だ
ミズキ
- そうしてカードを1枚捨てて、代わりにカードを1枚受け取り、それをよく確認もせずに手札に加えて伏せた。
ミズキ
- ウェイターが手札の公開を促す。チンピラが公開した手札はクイーンのスリーカード。8より数字が大きいから、8のスリーカードより強い。
ミズキ
- 先輩が公開した手札は8のスリーカードに加え、3のワンペア。つまるところフルハウス。
ミズキ
- フルハウスはスリーカードより随分強い手だ。これで酒はチンピラが奢ることになった。
ミズキ
- チンピラ「へっ!ただのまぐれだ!調子に乗るなよ……」
ミズキ
- まぐれじゃないさ
ミズキ
- 試してみるかい?
ミズキ
- チンピラ「なんだァ……?き、気味がわりい!帰るからな!おいウェイター!こいつらと俺の分の酒代だ!」
名無しさん
- そう言うとほんとにチンピラは店を出ていってしまった。
名無しさん
- おや……
ミズキ
- すまない、もっと飲ませてあげるつもりだったんだが……
ミズキ
- め、めちゃくちゃだ……
名無しさん
- ポーカーはそのゲーム性こそ運次第だが、実際はチップの量がものを言う。資金力で脅して相手を降りさせて戦うゲームだ。
それなのに先輩は、チップの存在しない環境で相手を負かして見せた。それも、最初から勝敗がわかっているかのような態度で。
名無しさん
- どうして勝てると?
名無しさん
- 100%勝てる訳じゃないよ
ミズキ
- ウェイター、外してくれ
ミズキ
- ウェイターが奥に引っ込むのを見送って、先輩は語り始める。
ミズキ
- プログラミングはかじってるか?
ミズキ
- は、はあ、大学の講義で少し……
名無しさん
- 関数というやつは、加える操作、入れる値でほとんどひとつに出力が決まる
ミズキ
- ……はぁ
名無しさん
- カードの初期配置とカードの動きが分かれば、なんのカードが配られるか、相手がなんのカードを持っているか、何枚入れ替えるべきか、全て筒抜けだ
ミズキ
- ……理屈ではそうですね
名無しさん
- 公平を期すために、テーブルに1組の相席が成立した時点でウェイターは新品のトランプを下ろす
ミズキ
- そして新品のトランプの並びは決まっている
ミズキ
- はぁ……は?
名無しさん
- じゃあ先輩がシャッフルをやけに念入りに見てたのって……
名無しさん
- 何枚目から何枚目がどこに動いたか、全て脳内でエミュレート出来ればカードの動きがわかる
ミズキ
- イカサマかどうかすら分からない。例えば試験のカンニングとして事前に全て覚えてくると言っているようなもの。
人力でチートを実行する者が考慮されていないという、ポーカーそのものが持つあってないようなルールの欠陥。
ミズキ
- とりあえず警察官の風上にはおけませんね
名無しさん
- ほう、言うじゃないか
ミズキ
- まあ、今夜は私の財布から出すから飲めよ
ミズキ
- だから偉い人には黙っておいてくれ
ミズキ
- もう『罪にとえない犯罪者』などと罵られるのはうんざりなんだ
ミズキ
- 前科ありですか……
名無しさん
- 呆れる僕を他所に、奢らせた酒を飲み干した先輩は、女性ながら男前に見えた。
名無しさん