5章「君の影追う香りの道筋」5
- ー庶民街ー
- やっとここまで来れたー
ヒエラ
- ミュゲに服と靴も買ってあげられたし、ウェネーヌム卿に会える体制が整ったね
ヒエラ
- ありがとう。服、可愛くて嬉しい
ミュゲ
- うんうん。似合ってる
ヒエラ
- !!
ミュゲ
- ヒエラ……これ
ミュゲ
- ミュゲが指差した先には売店の新聞
見出しにトンネル火事と書かれた一部が見える
- こ、これください!
ミュゲ
- え?
ヒエラ
- 慌てて新聞を広げたミュゲ。
覗き込んだヒエラが見たのは、死亡者の欄に載ったカトランの名前だった。
- お師匠さま……
ミュゲ
- 死んだか……
ヒエラ
- ミュゲ、今から君がカトランさんの後継者だ。ウェネーヌム卿と会って別れるまで気を強く持って
ヒエラ
- カトランさんの遺した研究結果を世に出せるのは、ミュゲだけだ
ヒエラ
- う、うん……
ミュゲ
- ーウェネーヌム邸ー
- お初にお目にかかります。
カトランの弟子のミュゲでございます。
ミュゲ
- あいつ弟子を取っていたのか
ヴィローサ
- カトランは?なぜいない?
ヴィローサ
- カトランは死にました。救出できたのは弟子のミュゲだけです
ヒエラ
- ストレリチアの構成員に襲われてしまいまして。顔の割れていたカトランは真っ先に……
ヒエラ
- 全てを把握している者を死なせて、代わりに弟子を連れてきたのか?
ヴィローサ
- 申し訳ありません。
ヒエラ
- 大切な書物はミュゲが持っています。彼女なら引き継げる状態とカトランが言ってました
ヒエラ
- カトランの後継者か。随分若いようだが、子どもではあるまいな?
ヴィローサ
- お前が我が兵に指導するのだな
ヴィローサ
- 私とてカトランの弟子。
精一杯やらせていただきます
ミュゲ
- 兵は男ばかりだ。血の気も多い。
臆するようでは任せられん
ヴィローサ
- お前のような少女では、兵達が言うことを聞くかも分からん。だが気品や威厳は一朝一夕で身につくものではない。お前のような者がどう指導を進めるのか、よく考えておけ
ヴィローサ
- ……精進します
ミュゲ
- 威厳がないのはしょうがないですけど、冷たくしないであげてくださいよ〜?
ヒエラ
- 彼女、師匠を喪ってしまったんですよ。
とっても寂しいはず。扱いが悪いと、ついて来てくれませんよ〜?
ヒエラ
- アジーン、ミュゲ、手に入れたらオルタンシアも。綺麗なお姉さんは上手く使ってください
ヒエラ
- 異能は飽くまで戦果だと言っただろう。武器や魔法と違って個人依存のものは広められん
ヴィローサ
- 異能は遺伝するみたいですけど
ヒエラ
- 必ず遺伝するわけでもないだろう?
ヴィローサ
- 確実ではないですね
ヒエラ
- 気の長い話だ。それに何人産んでも異能がなければ意味がない
ヴィローサ
- そんなこと言ってると、いつか女の人に刺されちゃいますよ〜
ヒエラ
- 誰が刺すというんだ?
ヴィローサ
- 例えば〜、セシルのオバケとか!
ヒエラ
- くだらん。下がっていろ
ヴィローサ
- はぁい
ヒエラ
---
- 今日のウェネーヌム卿は機嫌が悪いなぁ
ヒエラ
- お師匠さまにもああだった……?
ミュゲ
- 似た感じだったね。カトランさんは気にしてなかったでしょ?
ヒエラ
- うん。お師匠さまの興味は常に研究とお薬
ミュゲ
- ウェネーヌム卿、ああは言ってるけど、実力を見せれば認めてくれるから
ヒエラ
- それに、俺は寡黙なコ好きだから安心して?
ヒエラ
- そう……
ミュゲ
- 今日のところは荷物を下ろして休みなよ。疲れただろうしね
ヒエラ
- ええ、とても疲れた……帰りたい
ミュゲ
- 元の家には返せないなぁ
ヒエラ
- ここに私の居場所はないでしょう?
ミュゲ
- 困ったな〜……
ヒエラ
- (屋敷の部屋が手配できるまで、うちで匿うか……関わる人を増やすと穴もできやすいし)
ヒエラ
- ……ね、うちに来て。
俺ほとんどいないけども
ヒエラ
- えっ……
ミュゲ
- 普通にイヤだよねぇ。
男の家に行くのはねぇ
ヒエラ
- 君が生きるか死ぬかがかかってるんだ
ヒエラ
- カトランさんが身代わりになってまで守った人だもん。ウェネーヌム卿の事業にだって、君は重要な人物だ。俺は君を守るよ
ヒエラ
- ……わかった。あの家に帰れなかったら、行くところがない。ここに来るのも初めて。みんな知らない人
ミュゲ
- 決まりだ。案内するよ。ただ、その格好じゃまずいからこれ着て
ヒエラ
- 普通の格好だけど……
ミュゲ
- こんなのでも分からなくなるの?
ミュゲ
- 人混みを移動する時には普通が一番なんだよね
ヒエラ
- さ、行こう!
ヒエラ
- ---ヒエラ宅---
- ここだよ
ヒエラ
- 思ってたより普通……
ミュゲ
- 目立っちゃいけないからね
ヒエラ
- 危ないから1人で外へは出ちゃダメだよ。狙撃の心配もあるからカーテンも閉めておいて。なるべく静かに過ごすんだ
ヒエラ
- 服は好きなので良いけど、置いて来ちゃったか
ヒエラ
- うん
ミュゲ
- 急に女物いっぱい買うと怪しいから、屋敷のメイド服借りてくるね
ヒエラ
- ありがとう
ミュゲ
- 留守がちなせいで食べ物もろくにないからなー。ついでに買ってこよ……
ヒエラ
- ……ヒエラ
ミュゲ
- 何?
ヒエラ
- 行かないで。あんなことがあって、私、まだ不安で……
ミュゲ
- 知り合いもいなくて、お師匠さまは死んでしまって、心細い……
ミュゲ
- あ〜……
ヒエラ
- (そりゃそうか。こんな状況になって不安だよねぇ)
ヒエラ
- (ウェネーヌム卿の初対面があれじゃ、あんまり協力する気にもなれないよな……)
ヒエラ
- 私は、どうしたら良い……?
ミュゲ
- (……ん?この状況使えるな。ウェネーヌム卿と折り合いが悪くても耐えてくれる方法があるじゃん)
ヒエラ
- (俺はこの子の唯一知り合い。俺以外を知らなければ、俺に頼るしかなくなる。不安定な心境は利用しやすい)
ヒエラ
- 今日はゆっくり休もう。
俺もしばらく一緒にいるよ
ヒエラ
- うん……
ミュゲ
- お茶いれるよ。紅茶でいい?
ヒエラ
- うん、ありがとう
ミュゲ
- (彼女は今、心の拠り所を求めてる。俺が拠り所になったら良いんだ)
ヒエラ
- (あわよくば惚れさせて、好きに使おう。この子にはウェネーヌム卿に協力する義理もないんだし。俺のために耐えられるコになったら、それで良い)
ヒエラ
- (とはいえ、いつもなら薬剤の力で簡単にやれるけど、今回は無理だ。相手の方が詳しくてバレたら元も子もない。遠回りでも地道に心を開かせるしかないな)
ヒエラ
- (めんどくさいやつだ〜)
ヒエラ
- ヒエラ?
ミュゲ
- おっと、そろそろ抽出時間終わりか
ヒエラ
- ここにいれば大丈夫。
一緒に頑張ろうね
ヒエラ
- ウェネーヌム卿の屋敷で部屋が手配されるまでの辛抱だから
ヒエラ
- うん……いつまで続くかな
ミュゲ
- 早く用意してもらうように言っとくよ
ヒエラ
- (あとはミュゲがちゃんと潜伏してくれるのを願うばかりだ)
ヒエラ
- (ま、彼女賢いから、教えとけば下手は打たないと思うけどね……)
ヒエラ
- (さて、この作戦、吉と出るか凶と出るか。まあ凶だったところで全力で利用するまでだけどねぇ)
ヒエラ