5章「君の影追う香りの道筋」3
- カトランの薬屋付近のトンネルにて
- くそっ……2人とも走れる?!
ヒエラ
- うん……
ミュゲ
- はぁ……はぁ……ちょっとキツ……
カトラン
- カトおじ頑張って!!!
ヒエラ
- (奴らも足が速い。このペースじゃ追いつかれる……)
ヒエラ
- (道幅は狭いけどコルキックは出せそうだな。3人も抱えて飛んだことないけど、緊急だしな)
ヒエラ
- コルキック!
ヒエラ
- 2人も掴まって!
これで距離を稼ぐ!飛ばすよ!
ヒエラ
- この子は他人の魔力でも動くかな?
魔力転送で協力するよ
カトラン
- 私も
ミュゲ
- 頼む!
ヒエラ
- 3人はコルキックにつかまって、人が走るより高速でトンネル内を駆け抜ける。
- (くそ……やっぱり3人はキツいか……)
ヒエラ
- 1人は獣人だったね?
ニオイを追って来てるはず
カトラン
- ニオイ……それだ!
ヒエラ
- おらっ!!
ヒエラ
- ヒエラはトンネル内の松明を落とし、トンネルの天井を支える柱に引火させた。
- げほっ げほっ……
ミュゲ
- トンネル火災はまずいぞ!通行人も巻き込まれる!
カトラン
- 通行人!自分の身は自分で守れ!
ヒエラ
- このあたりに火事のニオイを充満させて、探索精度が下がればいいけど…
ヒエラ
- ---
- うえっ なんか臭い。煙?
ディアスシア
- 燃えてる臭いネ
ルピナス
- 分かれ道……
ルピナス
- どっちに逃げたか分かる?
ディアスシア
- 待ってネ。臭くて探しづらくなって……
ルピナス
- うん、こっちネ
ルピナス
---
- さっきから探索魔法で追手の気配を探しているが……さすがだね。正しい道を選んできてる
カトラン
- そんな……
ミュゲ
- 火事にしたの、あんまり効果なかったのか……?
ヒエラ
- ヒエラ、息が荒い
ミュゲ
- え?あー……
ヒエラ
- 3人も運んだら疲れた
ヒエラ
- 出口まであとどれくらい?
ミュゲ
- まだ長いかな……
ヒエラ
- 出る前に俺の魔力が尽きるかも
ヒエラ
- ヒエラの魔力切れは避けたいね
カトラン
- さて、どうするか
カトラン
- 走って逃げますか?
ミュゲ
- 向こうのほうが速い。
普通に走ったんじゃ追いつかれるよ
ヒエラ
- ふむ……二手に別れよう。
こっちに行けばウェネーヌム卿のいる貴族街、あっちは漁村に出る
カトラン
- お師匠さま、ヒエラと一緒に逃げてください
ミュゲ
- 仮に捕まったとしても、私だけではあの人達も得しません。無知なふりをします
ミュゲ
- ストレリチアはそんなに甘い組織じゃないよ。捕まったらどうなるか分かったものじゃない
カトラン
- ミュゲはヒエラと一緒に逃げなさい。
彼なら上手く潜伏する方法を知ってる
カトラン
- カトおじ1人で行くの?
ヒエラ
- ミュゲには実戦経験がない。ミュゲ1人に裏組織の奴らの相手をさせるわけにいかないだろう?
カトラン
- まあこの子に相手は無理だね
ヒエラ
- カトおじは貴族街に行って。
そっちのが距離も短いし
ヒエラ
- そうしよう
カトラン
- それと、これを渡しておこう
カトラン
- これは……
ミュゲ
- 毒魔法の極意書。
全部は書ききれていないけど
カトラン
- ミュゲなら、残りは自分で解るはずだ
カトラン
- 私が生き残れば続きを書ける。ミュゲが生き残ればその書物で、未来が繋がる。
カトラン
- そんな……
お師匠さまに何かあったら……!
ミュゲ
- いいんです?
追手は2人で来るかもだけど?
ヒエラ
- 閉所なら広範囲の魔法がよく効く。
足止めしつつ対処するよ
カトラン
- ヒエラ、ミュゲを頼んだ。
ウェネーヌム卿の屋敷で落ち合おう
カトラン
- ……了解
ヒエラ
- カトランは貴族街方面に走っていった
- ……君をカトランさんから託された瞬間からごめんだけど、その服ここで脱いで欲しい
ヒエラ
- えっ
ミュゲ
- ここまで火災の臭いは来てない。相手はニオイを追ってきてる。ミュゲの服からは微かに香水?の匂いがしてて、ずっと気になってたんだ。走ってて脱がす暇なんてなかった。今しかない
ヒエラ
- 脱ぐって、ぜ、全部…?!
ミュゲ
- うん
ヒエラ
- 代わりの服なんてないのに……
ミュゲ
- ここで躊躇して追いつかれたり、ニオイを追跡されたら、カトランさんの覚悟は無駄になる。頼むよ!
ヒエラ
- う、うう……わかった……あっち向いてて
ミュゲ
- ん
ヒエラ
- ミュゲは着ていた服をぽいぽい脱いでいく
- できた……
ミュゲ
- 俺の上着羽織って
ヒエラ
- ヒエラは背を向けたまま外套を脱いで渡す
- 羽織った
ミュゲ
- どうも。申し訳ないけど服は燃やすね。
痕跡はなるべく消すから
ヒエラ
- よし、一気に出口まで行くよ
ヒエラ
- ---しばらく後---
- 何かが燃やされた跡ネ
ルピナス
- 何燃やしたんだろ?
ディアスシア
- 服かな。香水の匂いを追ってたから
ルピナス
- これからどうやって追跡しようか
ディアスシア
- ニオイでわかる情報は拾っておくネ。
くんくん……
ルピナス
- どっちからもニオイがするネ
ルピナス
- こっちからは、ちょっとおじさんのニオイがするネ
ルピナス
- あっちはおじさんっぽさはないから、ヒエラだと思うネ
ルピナス
- 二手に分かれた?
ディアスシア
- うーん……あのおじさんが毒魔法使いだよね。ヒエラを追っても仕方ないから、おじさんが進んだ方に行こう
ディアスシア
- ---
- もうすぐ出口のはず……いや、まだか……?
カトラン
- いた!
ディアスシア
- がるるるる!!!!
ルピナス
- えいっ!
ディアスシア
- ディアスシアは地面の土を盛り上げて、出口を塞ぎ、カトランの逃げ道を絶った
- おっと
カトラン
- 追いつかれたか……
カトラン
- おじさん1人?あの女の子はヒエラと?
ディアスシア
- そういうこと。
君達の目当ては、私だろう?
カトラン
- あなたで合ってるネ。
似顔絵、役に立ったヨ!
ルピナス
- 頭に焼き付いてて良かった。
すぐにピンと来たもんね
ディアスシア
- 私の絵を描いた人がいるのか
カトラン
- うん。見る?
ディアスシア
- ディアスシアは鞄のポケットから、カトランの似顔絵を取り出して見せた。
- これでよく私に辿り着けたね……
カトラン
- ストレリチアの情報網を甘く見てもらったら困るな
ディアスシア
- あなたが毒魔法を作った人ネ!
ルピナス
- いかにも
カトラン
- 申し遅れた。
私はカトラン・ヴォーマル。
毒魔法の開発者だよ。
カトラン
- これからいっぱいストレリチアの構成員を殺して、実験する気ネ!
ルピナス
- そのようだ。
苛烈なお人だよね、ウェネーヌム卿
カトラン
- 正直、毒魔法の使い道について、私に意見する権利はない。
カトラン
- 定型化されていなかった魔法の型を作り記すことで、魔法の発展に貢献したかった私の思いと、新たな技術による武力を持ちたいウェネーヌム卿の思いが、ちょうど良く交差した結果なんだ
カトラン
- 僕らに見つかったのが運の尽き。あなたをウェネーヌム卿のところに行かせるわけにはいかないんだ
ディアスシア
- お命頂戴ヨ!!!
ルピナス
- 大人しく始末されてやるつもりはない。君達を斃すつもりで抵抗する
カトラン
- 悪いね、毒魔法を試させてもらうよ
カトラン
- 死をもって貫く!
フレシエ・アコニ!
カトラン
- 矢のような青い光がルピナスとディアスシアめがけて飛んで来た。2人は軽やかに避ける
- おっと
ディアスシア
- 危ないネ!
ルピナス
- 毒魔法ってこんな感じなんだ
ディアスシア
- 他にもあるが、これは強力な毒だ。
死に至る場合もある
カトラン
- 君達は戦闘員だね?
そう簡単には仕留めさせてもらえないか
カトラン
- なら、これはどうかな?
蝶の夢と舞え、シュニーユ・フロッタント!
カトラン
- 魔力の毒針が雨のように降り注いだ
- 土、盾になれ!
ディアスシア
- ディアスシアは盛り上げた土で盾を作り、針の雨から自分とルピナスを守る
- 君、面白い魔法を使うね。自己流かい?
カトラン
- さあ?考えたこともないや。
土と草は僕の味方なんだよ
ディアスシア
- ディア、あの人の魔法は危ないネ
ルピナス
- スピードはあたしの方が上ネ。即死の矢が来るから、考えて近付かないといけないけど……
ルピナス
- 魔力切れは期待できなそう。作戦立てて、ルピナスの攻撃でとどめを刺そう
ディアスシア
- 任されたネ
ルピナス
- 体の動きを封じてみよう
ディアスシア
- 蔓、伸びろ!
ディアスシア
- お?こんなのも自由に伸ばせるのか。すごいね。体の自由を奪おうというわけか
カトラン
- 君達まさか、私が毒魔法しか使えないと思ってないよね?
カトラン
- カトランはディアスシアの生やした蔓を、松明の炎を誘引して焼き払った
- 土と草でできることは限られている。
カトラン
- これは魔力を吸い取る草だね?分かるよ。私の頭の中には数多の魔法の文献が入っているからね
カトラン
- 魔力は栄養にできるが、所詮は草。魔法によらない炎には弱い
カトラン
- それに、ここは完全な日陰だ。その植物の生育環境に適さない場所に無理やり生やせば、魔力の消耗も激しいのでは?
カトラン
- ……!!
ディアスシア
- 能力があるのに知識がないのは勿体無いことだ
カトラン
- 植物を味方につける君の魔法、制御は出来ているが、活かせているとは言い難い
カトラン
- がるるるる!
ナメたら痛い目みるヨ!
ルピナス
- いいんだ、ルピナス。
僕はただの野良魔法使い。残念だけど、知識は向こうのほうが上だよ
ディアスシア
- むむ……気合いとスピードなら負けないネ
ルピナス
- カトランも戦闘経験は恐らくゼロじゃない。ただ、だいぶブランクがありそう
ディアスシア
- きっとルピナスの方が強いよ。
僕は信じてる
ディアスシア
- 分析は終わったかい?
カトラン
- さて、毒魔法以外も使わせてもらおうか
カトラン
- カトランは松明の火を利用して火の玉を作り放つ
- くっ……狭くて避けきれない……!
ディアスシア
- 土の壁に隠れながら戦わないと……
ディアスシア
- おや?壁の裏に隠れたか
カトラン
- うわっ!
ディアスシア
- 軌道も変えられるのネ!
ルピナス
- 対魔法バリアをまとわせておかなきゃ。ルピナスにも
ディアスシア
- ありがと!
ルピナス
- ねえディア、松明をなんとかできない?
ルピナス
- この辺りの全部?
ディアスシア
- 松明なくなったら暗くて見えなくなっちゃうよ
ディアスシア
- 見えなくてもニオイで位置はわかるから、あたしが有利ネ。向こうの目が慣れる前に仕留めるヨ
ルピナス
- 考えた!あたし、カトランに突っ込む!ディアはススキをいっぱい生やして、燃やして欲しいネ
ルピナス
- え、危なくない?
ディアスシア
- 広範囲じゃないと意味ないのヨ。ディアの熱いのなら我慢できる。安心して!
ルピナス
- ……わかった。やってみる
ディアスシア
- ルピナスは土の壁から出て、
カトランを見て仁王立ちした
- さあ、勝負ヨ!
ルピナス
- 君との勝負は骨が折れそうだ
カトラン
- とはいえ、私には距離さえあれば良い
カトラン
- カトランは炎や雷の魔法を立て続けに放つ。
狭いトンネルの中では避ける隙間もなく、ルピナスは防御しつつも攻撃を受けながら距離を詰めていく。
- うぐぐ……!
ルピナス
- 炎と雷の轟音の中、顔をしかめ歯を食いしばるルピナス。彼女の目はしっかりとカトランを捉えていた。
- まさか……!
カトラン
- 覚悟!
ルピナス
- ルピナスは猛攻を仕掛ける。
カトランもバリアで防御するが、次々に破られるほどの猛攻で、破られるたびに新しくバリアを張り続ける。
- お嬢さんにそんな力があったとは……
カトラン
- あたしは戦士!甘くみないで!
ルピナス
- ん?……君の後ろ、燃えてるぞ!
カトラン
- 気が付いた?
ルピナス
- このままでは君ごと焼かれるか、空気がなくなって共倒れだ
カトラン
- そんなのはごめんだよ
カトラン
- カトランは水魔法を使う。
ススキを根元から倒すほどの水流で、ススキに広がった炎が消されていく。
- おっと……!
ルピナス
- つかまって!
ディアスシア
- ディアスシアは、激しい水流に足を取られ流されたルピナスの手を握り、自分の立つ土の高台に引き上げた。
- 来たヨ!これネ!
ルピナス
- ルピナスは壁から壁へ飛び移り素早く松明を落としていく。
ぬかるんだ地面に落ちた松明は、瞬く間に光を失った。
- まずい、視界が……!
カトラン
- (ルピナス、これを狙ってたのか!)
ディアスシア
- (僕の魔力もあまり多く残ってない。僕ができるのはカトランの足止めくらい……それなら!)
ディアスシア
- 木よ!君の数十年分を今ここに!
ディアスシア
- ディアスシアが叫ぶと、天井から木の根が急なスピードで降りてきた。
根はカトランの手足を絡め取り、動きを止めさせた。
- (木の根がこんなに?!男の方の魔力はそれほど残っていなかったはず……!)
カトラン
- 捕らえた!この上が山で良かったよ
ディアスシア
- (そうか、元からある木の根を使ったのか……!このトンネルの上にある木の根を!)
カトラン
- (元からあるものを使えば魔力の量は少なくて済む。それに灯りがなくなった今、視界は役に立たない。しかも私は手足を根に取られて動けない……)
カトラン
- (距離を詰められては殺される。ならば広範囲の魔法で……!)
カトラン
- この魔法、名前をつける前に使うことになって残念だ
カトラン
- 花言葉は危険。口付ける者には死を与え、煙を巻けば人々は動きを止める。渦巻き、広がれ!恐れぬ者に強毒を!
カトラン
- 煙状の魔法がルピナスの行く手に充満した。
- ルピナス危ない!!
ディアスシア
- 守らないで!!今仕留めなきゃダメ!!
ルピナス
- !!
カトラン
- 覚悟!!
ルピナス
- ルピナスは恐れず煙の中へ突っ込み、カトランに至近距離まで近付き、腹部にナイフを突き刺す
- う……
カトラン
- カトランさん、悪いネ
ルピナス
- 回復魔法は……死ぬのが先かな
ディアスシア
- 何か言い残すことはある?
ディアスシア
- これで毒魔法の研究は止まるの?
ルピナス
- ……私を殺しても止まらない。私の一番弟子が、今頃既に脱出している……
カトラン
- 見てただけ?使えるわけじゃないの?
ディアスシア
- すぐに使えるように作ってある……あの子をヒエラと逃がせたのも、それが理由だ
カトラン
- 私が死んだ後も、魔法は……技術は……残る。弟子が伝えることによって……
カトラン
- 私を身勝手な人間だと思うかい?
設計者は飽くまで設計するだけ……実際に技術を使うのは、別の人間。
毒魔法が広まれば、いつかは別の使い道が生まれ、付随する技術も生まれ……人々の役に立つと信じている
カトラン
- ……どちみち最後まで面倒を見れるほど、私は生きられない。しばらく生きながらえようと、今死のうと、後世にはあまり関係ないさ……
カトラン
- 君達は毒魔法の行く末を、しっかり見ておきなさい……
カトラン
- …………
ディアスシア
- 毒魔法の行く末か……
ディアスシア
- これで任務完了ネ……?
ルピナス
- ルピナスはふらふらと倒れ込んだ
- ルピナス!どうしたの?!
ディアスシア
- 傷のせいかな……
頭痛い……気分悪いヨ……おえ……
ルピナス
- まさかさっきの毒……
ディアスシア
- あっ!
ディアスシア
- ディアスシアは思い出した。
店でヒエラがルピナスにぶちまけた花瓶の水、活けられていた花がスズランだったことを。
そして、スズランの毒が水溶性で、花瓶の水までも毒で満たしてしまうことを。
ルピナスは花瓶の水をペッペッと吐いていたことを
- ディア……ヒエラを追って……
ルピナス
- ダメ!ルピナスが死んじゃう!
ディアスシア
- 今日買った中に確か解毒薬が……!
必ず助けるから!
ディアスシア
- ディア……
ルピナス
- どうしてアナタが……実力あるのに……戦闘部から外されたか……分かったネ……
ルピナス
- これ飲んで!!
ディアスシア
- んぐ……
ルピナス
- 戦闘部の人なら……解毒薬、くれても……一緒には居てくれないネ……
ルピナス
- 優しすぎるのヨ、ディア……
ルピナス
- 僕はルピナスがいちばん大事なんだ
ディアスシア
- 話したことあったかな?
僕、あまり過去の記憶がないんだけど……寂しくて家を飛び出したのは覚えてる。
ディアスシア
- 走ってたルピナスを追いかけてストレリチアに入って……ルピナスは、反応の薄い僕のことを気にかけて、話しかけてくれた
ディアスシア
- やさぐれて、魔法だけ一丁前で、やる気がなかった自分に、元気をくれたのはルピナスなんだ
ディアスシア
- ディア……
ルピナス
- 今度は僕がルピナスを元気にする番だ
ディアスシア
- 薬効いてきた……?
ディアスシア
- たぶん……
ルピナス
- 良かった……
ディアスシア
- 帰ろう。コルネイユさんに報告するまでが任務だ。
ルピナスは僕が運ぶから
ディアスシア
- ん……
ルピナス
- ヒエラが追えなくて怒られても、僕は全然平気だからね。
ルピナスが死んじゃう方が耐えられない
ディアスシア
- ルピナスは何も心配しないで休んでね
ディアスシア