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ひとり劇場

雨に濡れて

亥清 悠
………大丈夫なん?
和泉 一織
…そこまで酷くないので。
亥清 悠
…あっそ、
ベンチに座る一織の隣に悠はそっと腰をおろす。横腹を抑える一織にそっと自分のブレザーを被せた。
和泉 一織
…あなたって周りのことをよく見れていますよね。
亥清 悠
…はぁ?痛さにやられてんじゃねぇの?和泉ってそんなこと言うタイプだっけ?
亥清 悠
あぁ………いや、ごめん。なんでもない。今の忘れて
和泉 一織
すみません、気を使わせてしまって
和泉 一織
…昔からあまり強い方ではないんです。なので大したことではないですよ。ご心配ありがとうございます
亥清 悠
…ふ〜ん、、
中庭に流れてくる冷風が肌にあたる。ブレザーを脱いだ悠は一織にバレないようにそっと身震いをした。
亥清 悠
…お前ってさ、いつもそうなの?
和泉 一織
何がです?
亥清 悠
あぁ、いや…なんていうか、そういうの、…四葉にも隠すのかよ
和泉 一織
…四葉さんは勘がいいですから。大概すぐバレますよ
亥清 悠
まぁ、そっか。同じグループだとそういうもんなのか…
オレが体調崩した時も、トウマやほかのメンバーはこうやって心配してくれたりすんのかな。と、考えたり考えなかったり。隣に蹲る一織を見て、羨ましいとさえ思った。
和泉 一織
はぁ……ŹOOĻはそういうことないんですか
亥清 悠
全然無い!…ていうか、そんな仲良くもないというか、いや…仲は良いと思うけど……お前らみたいにわちゃわちゃって感じじゃないし……
和泉 一織
わちゃわちゃって…。ŹOOĻの皆さんもある意味わちゃわちゃしていますけど。
亥清 悠
はぁ?!どこがわちゃわちゃ?意味わかんないし。オレたちはかっこいいが売りだから、そういうのってキャラじゃないと思うけど、
和泉 一織
亥清さんも含めて、ŹOOĻはキャラを作っているだけで、本当はかわい…皆さん優しいと思いますよ
亥清 悠
ははっ、お前がキャラのこと言うのかよ。クールでシャープな文房具が好きなんだっけ?
和泉 一織
やかましいです。
和泉 一織
ふぅ…。なんか痛みも落ち着きました。ありがとうございます
亥清 悠
おう、へへっ…なんかオレいいことした気分
和泉 一織
ははっ、かわいい人だな。
亥清 悠
かわっ、…別に、可愛くなんかねぇし。……てか、お前それ皆に言ってんの?流石にアイドルみたいじゃない?
和泉 一織
パーフェクト高校生アイドルを舐めないでください
亥清 悠
……それさ、自分で言ってて虚しくならないの?
和泉 一織
本当のことを言っただけです。さっきから質問攻めですね。せっかくあなたが匂わせたからカバーしてあげたっていうのに
亥清 悠
匂わしてなんか無いし!そういう手柄みたいなの勝手に取ってくの辞めてくんない?……まぁ、和泉の調子が戻ったなら良かった
和泉 一織
はい。ブレザー、お返しします
亥清 悠
……なぁ、ほんとにもう大丈夫なの?
和泉 一織
おかまいなく。さっきあなたも身震いしていたでしょう。風邪には気を付けてください。あなたもアイドルなんですから
亥清 悠
…バレてたのかよ、オレ超かっこ悪いじゃん……
和泉 一織
満点
亥清 悠
何がだよ!!
和泉 一織
合格
亥清 悠
だからなんなんだよそれ!!
去っていく一織の背を見て、悠も遅れて立ち上がった。一織から返されたブレザーはまだほんのりとあたたかい。
肌にあたる風、今度ばかりは冷たくは無かった。少し残った一織の匂いと温もりに包まれて、悠の頬は赤く染っていた。
亥清 悠
………みんなに言うのかよ、
和泉 一織
…?今なんて、
亥清 悠
いや、なんでもない…
*
*
*
亥清 悠
……やべ、傘忘れた…雨降ってるし最悪………
ガラッ
教室に入るとそこの空気は微かに甘い匂いがした。一織の机の上には数個のケーキが並べられており、それを1人の女子が嬉しそうに写真を撮っている。
ちらりと一織の顔を見ると見たことの無い優しい笑顔を浮かべていて胸が凍りついた。窓の外で降る雨は次第に強くなっていく。
和泉 一織
…あ、亥清さん。
亥清 悠
……あ、いや…その………
亥清 悠
………………和泉……
あ、亥清くん!!今、一織くん手作りのケーキを食べさせて貰ってるんだ〜!!ほら見て、これとかすごい……
亥清 悠
……っ、
和泉 一織
亥清さんっ!!??
悠は思わず駆け出した。どんよりとした空、そして雨は止むことを知らない。あぁ、傘忘れてきちゃった。なんでオレ逃げちゃってるんだろう。髪の毛を伝ってぽたぽたと落ちる雫が涙と混ざって地面に着地する。
亥清 悠
っ、、はぁ……はぁっ、わっ、
バシャンッ!!
水溜まりの飛沫が一気に顔面にかかる。悠は汚れた顔を腕で拭ったあと、起き上がる気力も無く、ただひたすら自分の体を冷やす空を見つめていた。
亥清 悠
………最悪、
和泉 一織
はぁ…っ、はぁ…っ、っ亥清さんっ!!!
亥清 悠
っ、、くっ………うっ、
和泉 一織
あなた大丈夫ですか!?怪我は…、
亥清 悠
ダサい、超ダサいじゃん…
和泉 一織
亥清さん…?
亥清 悠
オレ、お前のあんな顔しらないし…
亥清 悠
お前にケーキ作ってもらったことも無い
和泉 一織
…あの…もしかして拗ねてるだけですか??
亥清 悠
………違う、
和泉 一織
はぁ…、心配して損しましたよ…。てっきり何かあったのかと思ったのに。あなたも食べたいんだったら今度また作って持ってきますから……
亥清 悠
…………そういう事じゃ無いじゃん、
和泉 一織
…え?
亥清 悠
オレは、和泉に…オレのためにっ、
和泉 一織
…は、
亥清 悠
いや、……違う、違わないけど………っ、、
和泉 一織
じゃあ何が言いたいんですか。
亥清 悠
言わなきゃわかんないわけ?!オレは、お前がっ……お前のことが、…………
亥清 悠
和泉のことが、好きなんだよ!!
和泉 一織
………え、
悠の言葉に一織はただ一言しか返せないまま。数秒の沈黙と雨の打ち付ける音が交差して、たった2人の世界がそこに出来上がってしまった。
亥清 悠
お前のっ、そういう鈍感なところとか……っ、だけど追いかけてきてくれる優しいところも、普段は仏頂面なのに…たまに見せる笑顔も……
亥清 悠
お前の声だって、匂いだって……オレはっ!、全部っ………
和泉 一織
………亥清、さん……
亥清 悠
……っ、いい。ごめん、男にこんなこと言われたって気持ち悪いだけだよな……っ
亥清 悠
振って。……そしたら、またちゃんとライバルとして、クラスメイトに戻るから……
和泉 一織
………っ、
亥清 悠
っ……?!?!
悠を包んだその温もりはあの日のブレザーよりも強く、そして少し痛かった。
亥清 悠
和泉……っ、おまっ…
和泉 一織
……あなたはどうしてそんなに可愛いんですか……っ、
亥清 悠
…………は?
和泉 一織
…私も、…っ、……私も亥清さんが好きです、
亥清 悠
……は、えっ………え?、
和泉 一織
あなたの不器用なところも、それなのにとても優しいところも、拗ねた顔も弾ける笑顔も、あなたの匂いも何もかも全部大好きで、大切で、愛おしい……、
悠は一織の背中に手を回し、クシャリとシャツを握った。
亥清 悠
………オレのこと、気持ち悪いって思わない?
和泉 一織
思うわけないでしょう!
亥清 悠
……男が、嫌だってなんない?
和泉 一織
なりません。それに、男とか女とか関係ない。…私は、亥清さんだから好きになったんですから
亥清 悠
…………和泉は、本当にオレでいい?
和泉 一織
いいって言ってるでしょう。ふふ、また質問攻めですね
亥清 悠
うっ、、……っ…うぅ
和泉 一織
…こんなにびしょ濡れで、傷だらけにさせてしまってごめんなさい…っ
亥清 悠
ううん、いいよ……オレはお前から好きって聞けただけで、へへっ……嬉しい…
そう言って悔しそうに笑う悠の頬を伝う雫をそっと拭う。雨なのか涙なのか、それすらも分からないまま、その愛おしい輪郭をそっとなぞった。
和泉 一織
…亥清さん…、
亥清 悠
………ん、なに?
和泉 一織
……あなたのはじめて、頂いてもいいですか??
亥清 悠
…何?どういうこ……っ、
重なった唇が酷く冷たくて、その愛情を離した後、2人は笑わずには居られなかった。2人を引き合わせた雨はいつの間にか止んでいて、空には虹が浮かび上がっていた。
亥清 悠
なぁ、そういえば傘は?
和泉 一織
あ、そういえば、。あなたを追いかけるのに必死で…、
亥清 悠
ははっ、なんだよそれかっこ悪い、あははっ、
和泉 一織
ふふ、やかましいです。
手を繋いで帰ろう。そしたら明日はケーキを食べて、2人でゆっくり話をするのも悪くないかもしれない。晴れた空に手をかざして、雲の隙間から漏れる太陽の光をそっと隠した。かっこ悪いなんて、そんな思ってもいないこと。手を引いて前を歩く一織の背中を見て、ふふっと笑を零した。
亥清 悠
ねぇ、やっぱりかっこいいよ、
そう悠が口にした途端、一織の耳が赤く染まったような気がした。
*
*
*
亥清 悠
暑い……
梅雨が終わり、茹だるような暑さの中、悠は片手にアイスのふたつ入ったレジ袋を持ってボヤいていた。照りつける太陽が肌を焼かないように塗りたくった日焼け止めも、きっと汗で流れ落ちているだろう。
和泉 一織
分かりきっていることを言わないでください。ほら、もう少しで着きますから
亥清 悠
う〜ん、……………なぁ…
和泉 一織
なんですか。
亥清 悠
和泉ってさ、、なんか、こう…なんていうか、
和泉 一織
はぁ…はっきり言ってください。
亥清 悠
………………オレに手、出してこないよなぁって
和泉 一織
んな…っ、
亥清 悠
ほら、オレたち一応?付き合った……し、恋人がするみたいな……そういう、、
和泉 一織
…は…!?あなた、急に、そんな、
亥清 悠
……っ、やっぱ、やっぱ今のなし!暑さのせいかな…ちょっと、変なこと言ってる気がする…………
和泉 一織
………、
二人の間に静寂が広がる。周りの蝉の鳴き声がやけにうるさく聞こえて、悠は少し早歩きをした。
悠の家に着くと一織は丁寧に靴を揃えてから「お邪魔します」と一言、そう言った。
亥清 悠
そんなかしこまらなくても良くない?今日ばあちゃん居ないし……
和泉 一織
………
亥清 悠
…なぁ、さっきからなんか静かじゃない?また腹痛い?……無理はしない方が、、
和泉 一織
…亥清さん。
亥清 悠
……ん?
和泉 一織
亥清さんは…、私と、どんなことがしてみたいですか?
亥清 悠
はぁ?、さっきの話引きずってるわけ……?
和泉 一織
いいから。答えて。
亥清 悠
……っ、そ…そりゃあ、付き合ったんだし?……恋人っぽいこと、したい
和泉 一織
……は、
和泉 一織
………っ、
亥清 悠
……っ?!
バタン!!
亥清 悠
は、和泉っ、……おい、
和泉 一織
…あなたって本当にかわいい人だな。
亥清 悠
………やっぱり体調悪い?
和泉 一織
………、
亥清 悠
………………和泉?
和泉 一織
………………
亥清 悠
はぁ?、、急に?
軽く触れるだけのキスは、むしろ煽りに近かったのかもしれない。これまで何度も経験したそれは、まるで今日が初めてみたいに熱を持った。
和泉 一織
んな…っ、もっと喜んでくださいよ!!あなたがしたいって言ったから……
亥清 悠
……………………もっかい、
和泉 一織
………え?
亥清 悠
……もう1回、して…ほしい、
和泉 一織
!!……あぁ、もう…っ!!
一織の舌が悠の唇をトントンと突いてきたかと思うと、なにか気づいたかのように顔を上げ、そして優しく悠の頭を撫でた。
和泉 一織
ん、
亥清 悠
…………?
和泉 一織
ほら、舌。出して。
亥清 悠
……………こう?
和泉 一織
…ふふ、あなたって人は。
再び重なった唇に喜んだのも束の間、いつもとは違い、それは深く正しく愛情を確かめるものだった。
亥清 悠
っ……んむっ、いず、和泉っ……
一織は悠の舌をそっとすくい上げる。呼吸を遮る二人の甘く熱い吐息は、床の冷たさなど忘れさせるほど生暖かく、そして愛おしい。
亥清 悠
ちょっ、、まっ………いっ、いお…り、
和泉 一織
…っ!!えへ、やっと下の名前で呼んでくれた。
亥清 悠
いやっ、、違っ…………
和泉 一織
口なんてモゴモゴしてどうしたんです?もしかして…、
和泉 一織
私がいなくなって寂しい?
亥清 悠
…………ひゃっ、
和泉 一織
こういうこと、したかったんでしょう??
亥清 悠
そう、だけど…………こんなんだと、思わないじゃん……
和泉 一織
……この先は……?
亥清 悠
…え、
和泉 一織
っあ、なんでもありません!!忘れてください。
亥清 悠
……………そのために、今日うちに呼んだんじゃん、
和泉 一織
っ、…狙いましたか?
亥清 悠
………いや、その…
悠が俯くと、一織はそっと迫っていた体を戻し向き合った。さっきまで悠に触れていた手が少し汗ばんでいるのを見て安堵する。こんな自分でも人を好きになれるのか、これほどまで本気で。膝の上で握りしめた拳が冷たくなるのを感じて、それが更に一織を安堵させた。
和泉 一織
……分かりました。あなたのこと、気持ち良くさせてみせますよ
*
*
*
いつもは気にならないようなベッドの軋む音は、いやに悠の耳に届いた。今から何が行われるのか、分からない訳じゃない。まだ、分からないふりをしていたいだけだ。
亥清 悠
んっ、……んむっ、ん
和泉 一織
…悠さん。脱いでください。
亥清 悠
っ、、……てか、名前…………
和泉 一織
ほら、
亥清 悠
…………わっ、ちょ…自分で出来るって……
和泉 一織
いいから。
亥清 悠
…………っ、、は、
トスンッ
亥清 悠
わ、………っ、…
亥清 悠
へへ、ちょっと…一織………ははっ、くすぐったい
悠をなぞる手が、顔から体に移動する。一織の手がふわっと触れる度に、悠はくすぐったいとケラケラ笑っていた。
和泉 一織
……、
亥清 悠
ひぁっ、…
和泉 一織
…挿れますよ。
亥清 悠
………………うん、
和泉 一織
……っ
亥清 悠
いっ、……っあ、ん……っ、
和泉 一織
っ……、
亥清 悠
うっ、、ひ………っ…んあ……
一織の指は2本に増え、悠の中を掻き回す。悠から漏れ出る甘い声は悠の手によって遮られてしまっていた。
和泉 一織
…声、堪えなくていいです。…っは、もっと、もっと聴かせて…?
亥清 悠
やだっ、、っ…だって、こんな声………オレ、知らなっ……んっ、
和泉 一織
…っ、悠さん…?
亥清 悠
うっ、……あぅ…うぅ………く、
和泉 一織
……はッ、
亥清 悠
ちがっ、、なんで……オレ…泣いて…っ、
流れ出るそれは何度拭っても止まってはくれなかった。悔しいわけでも、悲しいわけでも、苦しいわけでもないその涙が何を表しているのか検討もつかない。泣きたいわけじゃない、むしろ好きな人と繋がることができて嬉しいくらいだ。なのに、どうして…
和泉 一織
……痛かった、ですか…??
亥清 悠
うっ、……違う、違くて……っ、
和泉 一織
……怖がらせ、ましたか……??
亥清 悠
……うぅ、…………っ、うっ
和泉 一織
…私って鈍感で、人の気持ちを上手く汲み取れないところがあって……っ、…もしかして、嫌、ですか?
亥清 悠
違っ、う…こんな、こんなオレ…………気持ちいいとか、……知らなっ、い…
和泉 一織
……っは、
亥清 悠
うぅ、うっ……ん、う…
和泉 一織
…っ、泣かないでください…っ、
亥清 悠
一織も…泣いてるじゃん………
和泉 一織
…っ、……私も、気持ちい、
亥清 悠
………そうか、そっか…えへへ、
和泉 一織
ふふ、こんな気持ち、初めてです…、
亥清 悠
オレも………、
悠の顔に落ちてきた一織の雫は、きっとどんな涙よりも綺麗だ。ベッドの軋む音と蝉の声に二人の笑い声はかき消される。二人で食べるために買ってきたアイスは、二人の成就を祝って溶け始めていた。

そんな夏の恋のかけらはそのアイスのように、酷く甘く溶け合っていた。

2  

投稿日時:2022-12-02 20:32
投稿者:なる
閲覧数:27

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