あやす

5月13日、晴れ。
北側Tさん宅との境、そこの草を取る。ここは以前からスギナが蔓延っている。ヤブカラシもその中に。だから実に取り甲斐がある。そこでついつい草取りに熱中してしまうわけ……。
ふと見上げると満開のエニシダにキアゲハが来ている。翅を振るわせながら花から花へ吸蜜に飛び廻っている。蝶はたった今、蛹から抜け出してきたといったド完品。鱗粉の整然たる並びに兎の毛をついたほどの傷もない。このような花と蝶との交歓、コレをいったい何と名付けたらよいのだろう。こういった情景に私はいまも腰を抜かさんばかりの感動を覚える。
草取り中、手を動かしながら、心の中で色々なことを考えている。
構想中の新しい原稿のこと。最近、文通を始めた若い女性のこと。一昨日、逢ったI氏のこと、まるでとりとめない。

I氏の弟さん夫婦が、つい先頃お子さんを授かった。ご両親にとっては嬉しい初孫である。そんな話を聞いて、とりとめない話の中で私は「あやす」という言葉へのこだわりを語ったのだった。
「あやす」の「あや」は文、道筋のこと。「アヤをつける」なんて危うい言い方もある。例えば「あやまる」は「あや…あまる」で道を逸脱する意味。そこで「あやす」は授かりものの大切な幼児に向かって、ありとあらゆるところから道がついて行くこと、あらゆるものが祝福を寄せることである。幼児の周囲を取り巻く環境がいたるところから微笑みを贈ることだ。そのように育ってこその未来なのである。これは辞書には出ていない。私のある意味、勝手な考え、解釈である。

すっかり遅くなったジャガイモの芽欠きを真理が初めてやってくれる。一株から2本だけを残すのである。毎年、私がやってきたが、偶にはいいでしょう? そのあとの土寄せは、私が明日にでもやることになる。

南の正面に桐の花が満開だ。今年の花は格別である。久しぶり、見事に殆どの枝にバランス良く咲きそろった。桐は古木である。幹には大きな洞が出来ていて、立っているのが不思議なくらい。貧弱な花を疎らに付けることが多かった。それがまあ今年はどうだ。

『桐島、部活やめるってよ』(朝井リョウ 集英社)をTさんから借りる。以前、図書館で借りようと思ったら、多数の予約が付いていたのである。そのおり「貸しますよ」と言ってくれていたが、Tさんも私もそのまま忘れていたのである。それがどこからか、ひょっこり出てきたらしい。

ネギの穂、葱坊主の天ぷらを食う。これは知っていたことだけれど、真理が教え子のブログに記憶を呼び覚まされて作ることになった。
葱坊主は庭にいくらでもあるのであ~る。ちょっと塩をふる。いや、実に旨い。

5月14日、晴れ。
遅れ馳せながら、ジャガイモの土寄せ……。真理が芽を欠いたところだけ。残りは次週に持ち越し。
土寄せをしているとキジが周囲でウロウロしている。作業の合間、目を上げて見ると、キジの姿がそこにある、といった按配。もちろん、いつも目にするオスのキジである。
やたらにこちらの注意を惹くような行為とも思えるので、最近姿を見なくなったメスがどこかで卵を抱いていて、それを警戒、人の注意を逸らすための行動か、などとも考えてみる。そうあって欲しいけれど、あたりにそんな場所はない。それにしてもメスはどこに行ってしまったのか?
以前にコジュケイの抱卵を長い期間、覗き見ていたことがある。地上に草を敷いただけの粗末な巣で抱卵はメスが単独で行っていたようだった。キジの場合はどうであろうか。もしも抱卵・孵化が成就すれば子連れの家族を見られるようになるわけだが。これまでにも何度か見ているが今年はどうだろう。ちょっと期待薄かな……?

昼休み、ベランダ越しにプラムの木を眺めていたら、スズメが2羽やってきた。
世話しなく枝から枝へ動きまわって何か獲物を得ているらしい。何か小さな虫でも次々捕らえ頬張っているようである。いよいよ子育てが始まっているわけだ。隣家の排気筒のなかに出来ている巣からプラムの木まで10メートルちょっとの距離。スズメの夫婦にとって、ここは理想的環境といえるだろう。農薬を使わないから比較的安心。子育てに必要な美味しい虫がいくらでも手にはいる。おまけにいまは麦の穂も出揃い、そのうち頂ける算段もできようというものだ。

5月15日、雨。
予報は午後から本降りの雨になるとのことだったが、朝、雨戸を繰ってみたら、すでに雨が降っていた。やや、計算違いの一日の始まりとなった。

今日は5・15で犬養毅が暗殺された事件当日、また沖縄本土復帰の記念日である。
鬱陶しい歴史問題が横たわる我が日本なのである。

雨は断続的に降り続いている。止み間を縫ってニラの植えかえをやる。ニラは昨日収穫を終え、根の一塊という姿になっている。それを一昨日、草取りを終えたばかり、北側のへりに沿ったところに堆肥を入れ、植えるわけである。
ニラの株が大きくなって根が絡んでいる。それを解し、バラしてから、植えかえるのである。こういう作業は馬鹿馬鹿しいくらい手間がかかる。ところが、いつの間にか熱中してパズルに取り組んでいるみたいな感じにもなる。そこらあたりが実はこの作業の妙味。
植物はある意味、勝手に伸びるのである。勝手に伸びて互いに絡むのだから全く始末が悪い。けれどもその自由に伸びて始末に負えなくなったものを解していくと、やはりある感慨を禁じ得ない気持になるから不思議である。命の鬩ぎ合い。それを力ずくでなく丹念にバラし終えたときのハレバレとした気持は何とも言えない。
今日もキジの声が頻りに聞こえる。メスを呼んでいるのだろうか。こんな雨もよいの日にヒバリは今日も雲の上で囀っている。それを聞きながら、私はニラの根を解していく。むろん雨の降り込まない場所で丹念にゆっくり時間を掛けてやっていく。やがて一時雨が小降りになる。そんな止み間に駆けだして手早く植え付ける。準備が出来ているのだから作業は実に簡単。あとは雨が潤してくれる。水遣りも必要ない。こうして9時前には仕事が完了。

去年はオクラを失敗したのである。種蒔きが遅くなって、おまけに場所が不適切で納得のいく収穫が得られなかった。
そこで今年はちょっとした仕掛けを工夫、部屋の中で芽出しをやってみようという計画を立てた。今日、種を蒔く。さ~て、上手くいくかどうか?

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ミツバチ大量死の謎

5月6日、曇り、のち午後には雷雨。
朝のうち、以前から気になっていた治療室前の草取りをする。
数本のラズベリーがあって、既に芽を出しているけれど草に隠れている。いまや地這いラズベリーになっているから、それを救出するのが目的である。
冬中はロゼットで地に貼り付いていたオニノゲシが、いまはすっかり背を伸ばし1メートルを越えている。そんなのが2、3本。それをまず引き抜く。引き抜く根元に絡んでくるのがカラスノエンドウだ。みっしり敷き詰めるように広がっているのはハコベである。そこに編み込まれるようにアメリカフウロとカキドオシが伸びている。ナズナは背を伸ばし既に盛大に種をつけている。ナズナは別名をペンペングサ、大きくなると三味線の撥になる、というのはウソ。
そんななかで、カラスノエンドウが絡んで、ラズベリーが結果、地に這うことになっている。豆科特有の可愛い花をつけるカラスノエンドウは実に愛すべき野草、だが蔓を伸ばして何にでも絡みつく、厄介者の絡み屋でもある。その絡み屋から救い出し、先頃、引き抜いておいた背丈ほどのクサギを3本、それを支柱に組んでラズベリーを結びつける。
おや? ラズベリーは既に小さな花を付けているではないか。これが6月には熟した赤い実になるわけだ。さてさて、今朝の仕事はこれで終了。ラズベリー3本仕立てがこれで完成した。

草取り中、色々と目に入るものがある。おのずから耳に入ってくるものがある。それがなかなか楽しみでもある。ツバメが宙に弧を描く姿。ヒバリの囀りが雲の彼方から聞こえてくるなど……。
カラスノエンドウの茎や葉の上を忙しく動きまわるクロヤマアリ。目の隅を掠めてくるモンシロチョウ、スジグロシロチョウ、ツマキチョウ。アゲハチョウ。キタテハ、ヒメアカタテハ……。
今日は久しぶりにベニシジミを見た。この時期に毎年見るようである。子供時代、生まれ育った世田谷では、このベニシジミを沢山見た記憶がある。当時はいくらでも見ることが出来たから珍しいものと思わなかったが驚くような美しい蝶なのである。豪華絢爛を地で行くといったらいい。日本の美の極致、それが凝縮されているといった体のものだ。
庭の一隅にギシギシが生えている。毎年、同じ場所に生えてくるから多年草なのだろうか。そのギシギシが丁度いま巨大な葉を伸ばしている。それがベニシジミの食草である。ベニシジミの幼虫の食い物なのだ。子供の頃は蝶にばかり目が行って、野草には目が届かなかった。けれど、思い返してみれば当時はギシギシのような草が身の回りに沢山あったような気がする。そういう草を目にした記憶も何となく……あるような気がする。なければベニシジミがいるわけないから、あったはずという論理的確信による支えのせいかもしれないけれど……。
草の中にシロヒトリ、これはちょっと意外、時期は意外ではないけれど場所が意外なのである。
シロヒトリは一時樹木の大害虫と怖れられたアメリカシロヒトリとは別のものである。幼虫がオオバコを食草にしている。オオバコは種を人の足で運んでもらうから、我が家では玄関先から通路、要するに人の歩く道に沿ってしか生えていない。畑の中にはないのである。シロヒトリを見つけるのは大抵オオバコの生えている地帯。意外な場所で見つけると、お前はどうやって来たのかと訊ねたくなる。どういった風の吹き回しで、と鉋くずのようにママならぬ人生(虫生)を思ったりするのである。まあ、そこが面白いでしょう? 成り行き、偶然、不思議な御縁で……てなことですか?

12時半頃、さらに2時半頃、二度にわたって猛烈な雷雨となる。
最初の雷雨の際、突然、水道が出なくなった。町の水道課に電話しても日曜日のせいか通じない。やがて復旧したが、どうしたことだったのだろう。何か、電気系統の……?

5月7日、晴れ。
昨日の気象異変は思いがけないような災害を生んだそうだ。上空に、この時期としては異例の寒気が入り、地上の暖気との間に大きな差を生み、それが雷、竜巻、突風になったという。つくば市では竜巻被害で家屋が持って行かれ、人死にも出たそうである。

昨日入った寒気のせいか今日は比較的涼しい。こういうときは作業が楽ちん。午前中、草を取る。インゲンを蒔くための準備である。
そういえば先程から頭の上で時折パタパタ幽かな音がしていた。何だろうと思っていたが作業にかまけて放っておいた。やがて真理に指摘されて気づく。蝶が麦わら帽子の上で翅をパタパタやっていたのである。
蝶はツマキチョウのオスであった。蜘蛛の巣が絡んでいる。蝶が蜘蛛の糸に絡まれているところに私が通りかかったのだろう。私の麦わら帽子が蜘蛛の巣を引き破り、蝶は難を逃れた。蜘蛛にとっては、せっかくの獲物を取り上げられ、巣も台無しにされて、とんだ災難に遭ったというしかないが、蝶にとっては、私の麦わら帽子は救いの神だった。
蝶はあまり被害を被っていない様子である。放してやると勢いよく飛んでいった。困っているものがいたら誰だって助けてやるのである。そういう気持は一体どこから来るのか? 分からないけれど、これは極めて自然の情ではないのであろうか。相手が虫一匹であっても気持いいものだ。

クマバチを今年初めて見る。ベランダから屋根へ向かって急上昇、姿を消した。

キジが今日は盛んに鳴く。先週のような切迫感はないのだが、メスはどうなったろう。出逢えたろうか。すぐ近くにいるのだが丈高くなった緑のせいで姿が見えないのである。

黒田ヤスヨ様より礼状をいただく。ありがたい。礼状というよりは励ましの手紙というべきであろうか。教養に溢れた水茎うるわしい、今日の我々には到底及ぶべくない書状である。
私がどういう考えで治療に携わっているか、「人間学研究会」発行の季刊誌『道標』に綴った文章、そのコピーをお届けした御礼に賜ったもの。思えばこのブログも、ともかく文章を書き始めるソモソモのキッカケも、全ては黒田様の叱咤激励より始まっているのである。

5月8日、晴れ、というよりは薄曇り。暑くはない。
作業が楽である。インゲンの種を蒔く。準備がしてあれば楽ちーん。
ニラが混み合っている。別のところに植えかえてやる。堆肥を入れて……。ちょとした作業なんだが面倒、でも面白いのだな。
菜の花に今日はアブが沢山やってくる。アブも色々な種類がいるようですね。そんな中に、セイヨウミツバチを数匹。ニホンミツバチも2匹見つけた。何とか数を殖やしてくれよ。

5、6年前のことだったろうか、ミツバチ謎の大量死という報道がアメリカからやってきたことがある。それが他人事でない足元の問題と気づくまでに少し時間の経過があったと思うが、グローバル化は同質の文明を共有せざるをえない事情があるから、ある意味、日米は運命共同体だったということに、やがて気づかざるを得なかったようである。
原因は必ずしも特定されていないというが、カメムシ防除などに用いられるネオニコチノイド系農薬が関与しているという説がある。これはミツバチが直ちに死に至るわけではないというのだが、実はまさにそこが曲者なのだという気がする。生かさず殺さずという毒は時間を掛けてゆっくり締め上げ、拷問にも似たやりくちで、やがて死に至らせる最も残虐な方法なのだ。この薬は安全という謳い文句は、取り敢えず人間にとってということだけでミツバチにとっての基準にはなっていない。原爆症の放射能、水俣病の有機水銀、さらには様々な薬害における……、人間文明の創作にかかるクスリの残酷はミツバチどもの生をも徹底的に歪に拗らせネジ曲げていったというわけであろう。
ミツバチは蜂蜜製造に役立っているだけではない。果樹や野菜などの施設栽培での受粉にむしろ重要な役割を果たしていて経済効果は農水省によると1900億だそうである。経済に直接関わるから問題になっているが、実はそれは氷山の一角である。多様な生命圏全体の調和を考えれば小さな蜘蛛一匹の命だって蔑ろに出来るものではない。もはや人間だけの基準でやっていける時代ではないのである。

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藤沢周平・人情話 その⑥「秘密」5月4日 ホスピア三軒茶屋にて

今回の語りは、これまでのうちで最も成功したのではないか、というのが自分自身での評価です。一番多くの拍手をいただいたのは第4回「泣かない女」でしたが、今回はそれ以上の出来映えだったと思います。
この日は偶々なのでしょうが、目の前を、お二人の認知症の方が占拠され、私の語りを聴くという仕儀となりました。どちらかの方が口を差し挟むことになると壊れたレコードで、同じ話の反復を聞かされるハメになりますから、油断がならなかったわけです。しかし、それも杞憂に終わり、最後にはお二人から口を揃えて「今日は本当に楽しかったわ。ありがとう」と満面の笑みを湛えた表情で感謝を述べられたのですね。これは大いに誇りにしてよいことだと思うのですが……。

この日は連休中のせいでしょうか、参加者は20名足らず、やや少なめでしたが、多くの方が語りに集中してくださっていました。
「生涯たった一度の悪事」にむかって話が進むサスペンスのような要素もありました。「謎の女」ということもありましたから、集中に事欠くことはなかったわけです。そういう要素をどんなふうに組み立てていくかに工夫の余地があって、それが今回は成功したと思うのです。

語りを終えてから、参加した皆様に質問してみました。「お若が、由蔵の悪事を敢えて見逃した振舞いについて、どう思いますか? ご自身だったら、どんなふうに振舞われたでしょう?」

お若が、両親に告げ口をして、事を荒立てるなら、由蔵の生涯には烙印が押され、この時点で大きな躓きとなるわけです。もはや、彼は立ち直ることが出来ないかもしれない。しかも三年後、お若は由蔵を婿に迎えるわけですね。この決断はどうですか?
両親はこの三年間の働きぶりを買っているわけでしょう。でも、お若はそれ以上のことを実は知っているのですよ。親から促されて、親のいうままに婿取りをしたわけではないですよ、お若さんは。お若さん自身の主体的、個としての決断がこの上ないほど強く働いているんじゃないでしょうか。お若さんは若くない。老獪といってもよいくらいの知恵で決断しているんじゃないですか。しっかり釘をさしたりもしてね。

こういった賢さは一体どこから来てるんですか? 藤沢さんは女性に期待しているのでしょうね。私たちの文化の基底に深々と横たわる、それは母性的な力なのでしょうか?
その証しのようなことは、実はこの作品のなかに現在形の姿で書き留められています。息子・康次郎の嫁おみつの繊細極まりない感受力はどうでしょう。彼女に見守られて由蔵の晩年は安泰なのです。些細な変化も見逃さない感受力、細やかな心遣いが描かれています。息子がコミュニケーションをとれなくても、嫁がしっかりとその欠如を補っている。お陰で男は暢気に能天気にやっていけるという仕掛け。もしかすると、この作品の隠れた主役はお若さんなのかもしれません。没後十六年にしてこの世にひょっこり戻ってまいりました。
現代社会の弱点は、ひょっとして、こういう女性の力を撓めて発揮できなくしてしまっている点にあるのかもしれませんね。いかが思われますか。是非とも現代の若い女性たちにも質問してみたいと思います。

Filed under: ボランティア — admin 18:50  Comments (0)

土の中から2匹のハチが……

4月29日、晴れ。

南に蒔いておいた小麦の穂がツンツン出揃った。いつ見ても気持のよい光景である。
毎年、翌年の種を採るほど蒔いている。結果的にはスズメのための回向のようなことになっているけれど、気持はそれで大いに満足なのである。およそ14、5年くらい続けているだろう。藁はもちろん農作業用に重宝している。それだけで充分な役どころを演じてくれているわけだ。

春には白がよく似合う。菜の花にモンシロチョウは、その代表だ。
我が家の入口の私道のところで咲いている白い花はクサイチゴである。小さな実を付けるというのだが、まだ「実の一つだに」お目に掛かったことがない。花はこんなに沢山咲いているというのに……。
これまた私道の脇に植えておいたシロハナヤマブキが今年は見事である。仕立てたわけでもないのにドウダンツツジみたいに丸く大きく育って、そこに白い花々が盛大に鏤められ、清楚にして豪華な見物になった。何人かの方に訊ねられ、挿し木用に枝を差し上げたりも……。
ところで、このシロハナヤマブキは種も宿すのである。「七重八重、花は咲けども……」のヤマブキは「実の一つだに無き」だったわけだが……。

ウグイスの声を聞く。我が家の北側、畑を越えて300メートル、その隣家のあたりで鳴いているようだ。先週、初めて、遠くで鳴く声を聞いている。これで2回目。

そういえば、クビキリギスが先週から鳴きはじめている。夕闇せまる頃からジージーと喧しいほどの声で鳴く。例年、連休頃には鳴きはじめると思うが、今年は寒い春だったからどうかと思っていたけれど、むしろ早いくらいだった。もっとも気温の上昇下降、乱高下で、彼等が戸惑っている様子も手に取るようである。気温が高いと一斉になく。低い日には黙り込んで見事なくらい沈黙を守る。
クビキリギスはキリギリスの仲間では唯一、成虫で冬を越す。庭でも時々見かけるが、真冬の姿は見る影もない。冬枯れの中で凍えて生き延びるのは容易なことでないだろう。凍えて、それでも藪の根方にジッとしがみついているのが見つかったりするけれど、結局は、そのまま死んでしまっているのもいる。日中、温かくなるとモゾモゾ動いたりもするようで、その半端加減が生存に有利とは思えないのだが、実際にはクビキリギスの勢力はなかなかのものである。これからの恋の季節、精力的に働いて仕事を終え、はや7月には成虫は姿を消してしまう。

ナス、ピーマン、トマトなどの苗を、明日は買いに行くのである。
その準備として苗を植える場所に穴を掘る。毎年、私がやってきたことだけれど、今年は真理がやってくれることに……。

夕食にタラノメを今年はじめて食す。大きなのを何本か枯らして今年は貴重品。

夜、ガガンボが蛍光灯の周りを飛んでいる。うるさいから外に出してやる。

4月30日、曇り。
にもかかわらず、今日は酷く暑いのである。先週はストーブ、今日は扇風機を出さないと、といったところ。3、4年前まではクーラーを掛けることも全くなかったのである。一昨年は3回くらい使ったか? 去年はもう少し使ったかもしれない。今年あたりは、どうしてもクーラーを使わざるを得ない日が何日もやってくるかもしれない。この調子ではそんなことも予想されよう。いよいよ温暖化のツケが目に見えてきた感じである。

午前中、真理が昨日掘った穴の中に堆肥を入れる。
その周辺の草を取る。作業中に小さなキリギリスの幼生を見た。可愛いね。
スコップで掘り返したところから、意外にもハチが2匹出てきた。高速で羽を打ち振るわせて、これは地上に唯今見参、現れ出たる挨拶の如きものだろうか? たった今、土中で羽化したばかりのものらしい、そんな顔をしている。
手を出したら、指に乗ってきた。顔を見てみると、ちょっと滑稽なおどけ顔で、アシナガバチやスズメバチのような怖い顔ではない。庭で遇っていたりしたのかもしれないが、私にしてみれば初対面だ。体長はせいぜい1センチくらい。黄と黒のだんだらはミツバチ風で、色合いもクロスズメバチのように黒くはなく、むしろ明るい黄色が目立つくらいである。以前なら早速、昆虫図鑑で名前を明らかにしようというところだったが、いまは歳を取って、すっかり横着になった。どうでもいいことのように思えるのである。多分、土の中で幼虫時代を暮らし、この時期、土の中からひょっこり出てくる、そんなハチの仲間がいるのだろう。私が気づかなかっただけ。ところで、幼虫時代の土の中の生活はどんなものなのだろうか?
それで思い出したのだが、何年か前のこと、土の中から羽化真っ最中のガガンボを掘り出したことがあった。左様、ガガンボは土の中で羽化するのである。
掘り出されたガガンボは丁度、身体半分が外に出たところだった。幼虫時代の姿はどういうのかというと自転車タイヤに空気をいれるためのバルブのところに使う虫ゴム、それが如何にも古くなって、そそけたみたいな姿なのである。それまでに、そんな虫ゴムみたいなのを何度も見て、いったいこれは何だろうと思っていたら、どうやら、それが幼虫であり、もしかすると蛹の姿であった、というわけ……。
土の中で脱皮して地表に出てくる。土は結構踏みしめられていたりもする。そんなところから、このひ弱そうな虫が、よくもまぁ、地表まで出てくるものである。長い脚が邪魔にならないのか。実に不思議である。地表に出てから脱皮という手だってありそうなものなのだが……。

午後、ジョイフル本田に苗を買いに行く。
ミニキャロルはプチトマトの品種である。中玉のトマトはルイ40。このルイは東北で苗作りがなされていたようで昨年は震災の影響で全く手に入らなかった。一昨年のものは確かルイ60として売られていた。その60が今年は40に何故か若返った。ピーマン。ナスは長ナスと千両。2種類を買う。キウリは夏すずみという品種。それぞれ4本がセットになって売られている。去年は単品でも色々買ったが、今年は横着に最もポピュラーで廉価(全て税込みで210円、単価で50円)なもので済ます。合計1260円也で夏ぢゅう楽しませてもらうのである。キウリは毎年種から育てていたが、「早く食わせろ」という真理の要求を入れて、初めて苗を買うことにした。

5月1日 晴天。ところが昼には曇って、ひとしきり静かな雨が降る。雨を呼ぶようにカエルが一斉に鳴き出すのも面白い。その後、いっとき風が吹き、それが止んで、やがて3時頃から、また驟雨。一向に安定しない気象である。

朝6時から庭に出る。
桶に水を張り、苗を入れて水を吸わせる。その苗を用意しておいた穴に次々入れていくわけである。その後たっぷり水をやる。準備さえ出来ていれば作業は実に簡単である。

今朝も早くからヒバリの囀り。その声には何やら心を浮き立たせるものがある。
上空をツバメが飛んでいる。ツバメは先週はじめて見た。また今年もKさん宅の軒に巣を掛けたのであろうか。近々、訪ねてみることにしよう。

7時頃だろう。「ケキョ、ケキョ」の声。庭にウグイスがやってきた。思わず、作業の手が止まる。
目を凝らして見てみると、ブルーベリーの藪の中に姿が見える。去年は震災直後の3月14日以来、鳴き続けたウグイスの姿を別れ際に初めて見たが、今年は出会いの最初から姿を見ることになった。
目が悪くなっているからクッキリ見えているわけではない。声を姿に、その動きに重ね合わせて確認しているわけだ。そのウグイスはブルーベリーから菜の花に向かって突進していった。その姿も私のいる場所からハッキリ見える。菜の花とウグイスの取り合わせはやや意外だが一体そこで何をしているのだろうか?
と、別のところから「ホー、ホケキョ」の声が聞こえた。立派な囀りである。こちらは少々先輩格かもしれない。そちらが庭を目指してやってくる気配に、菜の花のウグイスはサッと飛び立ち、樫の木の方、東へと去っていく。
代わりに入ってきたのが先ほどの「ホーホケキョ」というわけだ。やはりブルーベリーの藪の中へ。そこでまた一声鳴いて、クサギの方へ飛ぶ。そこからこちらは北に向かって去っていく。姿が見えなくなった。

心配していたローズマリーはどうやら持ち直した気配だ。これで一安心といえようか。ホッと一息。

昨日から、キジが頻りに鳴くのである。いつもと感じが違う。
我が家の周辺で、それも目立つ場所で盛んに鳴く。そういえば今週、一昨日からメスの姿を見ていない。どうしたのだろう。そのせいだろうか。懸命にメスを呼んでいるのか。何やら哀切な響きなのである。

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東京音楽大学 卒業演奏会 2012年4月27日 東京文化会館小ホール

音楽大学の演奏会なるものに足を運ぶのは、私の記憶では多分40年ぶりくらいになるはずである。
40年ぶりは、まさに隔世の感だが、当時の怪しげな記憶を引き出してみると、それは武蔵野音大のホールで聴いたもので、必ずしも今回のような公式なものでなく、演奏者が華やかなドレスで着飾っていたという記憶がないから、むしろ、それはカジュアルな感じの発表会だったといえよう。学生運動などが気を吐いていた時代だったから、華美になることを殊更に避けるというようなことがあったのかもしれない。そんなところに、どんな御縁があったのか、紛れ込んで演奏に触れる機会を持ったけれど、いま思い返してみても、演奏の質は、お世辞にも上等とは言いかねるものだったわけである。そこでは例えば有名な「シャコンヌ」入り、バッハ「パルティータ第2番」の演奏もあったけれど、一応弾けているというだけのもので、何やら箍の緩んだものになっていて、輝かしく屹立しているという曲本来のものからは限りなく遠い、こんなことを言うのは真に烏滸がましく、お許し願いたいが、演奏は事実その程度だったという気が、いまの私にはしている。

さて、それから40年が経過している。この40年が如何なるものであったか、そして今、如何なる時代がやってきているのか、若い人たちの演奏を聴きながら、様々なことを私は思ったのであった。

当日、登場された奏者は総勢10名、卒業生の中から抜擢された最優秀と折り紙をつけられた面々である。
まず皮切りは、ハープの大西伶奈さん。マルセル・グランジャニー「狂詩曲」での登場である。
グランドハープは巨大な楽器である。グランドピアノの脚を外して、そのまま縦に立てると……そうはならないけれど、それくらいデカイ。それを専用のカートで舞台に運び入れる。ここまでが演奏に取りかかる前の序の部分。これも、こういう時間経過を含めて、我々は鑑賞するわけだ。グランドハープは支柱を含めて全体がゴールド、絢爛そのもの。その楽器搬入があって、やおら主役登場ということになった。
大西さんは明るいグリーンのドレスで登場された。グリーンとゴールドが照明に映えて既に演出としては圧倒的である。
だが、その圧倒が主役を貧弱に見せることだってあり得るのである。大西さんの演奏家としての身体が貧弱なものであれば、かえって結果は惨めなものになる。ドレスを着こなす大西さんの身体、鍛えられた筋肉が如何なるものか。それが演奏そのものによって明らかにされる。豪華な演出のなかに干涸らび萎縮した身体が見え隠れしている。そうなってしまえば悲劇、場合に拠れば悲劇を通り越して喜劇にだってなりえよう。ドレスが素敵。でも演奏が全く釣り合わぬ、それでは……?
私は耳を澄ませ、目を凝らして舞台に見入っている。これから始まる大西さんの演奏が実は今夜の演奏会全体の質を占うものだ。そんなふうに思っている。
さてさて、その大西さんの演奏……。
ところで、私はハープについて全くの素人である。ハープを弾く人が周囲には3人いて、一人は音大出身だが、せいぜいCDで楽しむくらい。ハープの技法については全く分からない。グランジャニーがハープ界の巨匠であるくらいは知っているが、要はそういう立場からの発言である。これはハープに限ったことではなく、ピアノ、声楽、その他の器楽についても私自身の見識はその程度、というか、だからこそ不見識で失礼な発言になることを何より怖れるわけでもある。
そういう言わずもがなの前置きをした上でだが、私は大西さんの演奏に魅せられた。
楽器と衣装の絢爛に負けない美しい堂々たる演奏だった。それは曲をすっかり手の内にした自信に満ちたもの、一つ一つの音の細部にも神経の通った、こちらが思わず身を乗り出して聴き惚れてしまうような演奏だった。

2番手に登場したのはトロンボーンの仲田絢さん。この人は如何にも金管奏者といった逞しい、更に言えば不貞不貞しいくらいに堂々とした演奏だった。大型バイクでぶちかます迫力。クレストン「トロンボーンとオーケストラのためのファンタジー」は、もちろん初めて聴く曲だったが、明快なつくりになっていて飽きさせない。奏者がまた実に恰好よく見えるように出来ている。なかなか彼女は輝いておりましたゾ。

こんな調子で一人一人について書いていくと大変なことになる。私が言いたいことは、この夜、舞台に登場した若い人たちが、それぞれ驚くような研鑽を積んでこられただろうということ、その成果が見事に開花した瞬間に立ち会わせてもらった喜びを書いているのだが、少し端折らせていただかざるを得ない。紙面の都合ではない。時間の都合。お許しいただきたい。
ついでに、ここに言わずもがなのことを書き加えておくとすれば、10人全ての奏者があの40年前の卒業生たちとは全く較べるべくもない、堂々たる音楽家たちだったことである。何人かは、何処に出しても一級品の折り紙がつけられる演奏だったろう。その質を維持しつつ、さらなる研鑽を積めば、やがて驚くような成果に辿りつくだろう。
  
第2部の最初に登場した打楽器奏者の堀田理恵さん。この人の演奏は実にチャーミングだった。リズム感、筋肉の鍛え方。たぶん大変知性的な人間として見事なバランス感覚の持ち主ではないかと想像した。
演奏会終了後、卒業後の活動の場が決まってますかと質問させてもらう。答はNOだ。失業中ということではないだろうが、安定的に持続的に活動していける場所を手に入れていないということだろうと理解したが、実に勿体ない話である。この人は「買い」である。とびっきり上等に私には思える。全くの初対面で打楽器のことなど何も分からない人間が言うのだから信用に値しないと思われるかもしれないが、私の目の玉は節穴ではないつもりだ。磨けば玉になる。それどころか、いまでも既に殆ど玉である。

トリの前に登場したオーボエの吉村結実さん。この人は何やら不思議なムードを湛えた方だった。もしかすると内省的な、じっくり自分を見つめることの出来る、しかもゆとりを持って……、そういう方ではないかと思った。
作曲のシルヴェストリーニは多分オーボエ奏者ではないかと思うが、なかなかオシャレな練習曲だった。それを坦々と演奏したが、吉村さんが心から楽しんで吹いている感じが伝わってきたのである。これ見よがしなところはどこにもないけれど実に巧い。実に楽しい演奏だった。この人とは秋の夜長にでも、しみじみ話ができたら楽しくないか、そんなことを思ったのである。

トリを締めくくったのは既にプロとして活動を開始している金子三勇士さんである。
F.リストの「コンソレーション第3番」「メフィスト・ワルツ第1番 村の居酒屋での踊り」を弾いたが、「コンソレーション」は何やらゴツゴツと角張った演奏で私は違和感を感じたのである。解釈は色々で奏者の考えで演奏すればよいわけだし、そのときの気分ということだってある。また時間が経過するうちに考えが変わったり、演奏は「今日そのとき、あるがまま」でよいわけなのだが……。
「メフィスト・ワルツ」はガンガン弾きまくって実に見事だった。三勇士の本領発揮のステージである。それで気づいたわけでもないけれど、10人の中で男性は彼一人だったのである。なんと9人が女性、完全な女性優位。むしろ彼は希少価値である。まさか男性が絶滅危惧種になっているというわけではないだろうが……。
「メフィスト・ワルツ」と「コンソレーション」の順序を入れ替えると「コンソレーション」の演奏が異なるものになったかもしれない。終演後、そんな感想を持った。本当の慰めは最後に登場すべきではなかったか? 交感神経横溢の「メフィスト」から、副交感神経型、思いっきり脱力しての「コンソレーション」に転じて、コンサート全体の終止とする。そういう演出も可能であったはずである。時代は先行き不透明、混迷を深めているのである。昨年の震災ということもある。私たちは誰もが慰めを必要としているだろう。そんななかで「音楽の力を梃子にして生きて行く我等」ということがあるはずだ。
何年か前、『モンテーニュ通りのカフェ』というフランス映画を観た。そこに登場する著名なコンサート・ピアニストは演奏会場でのルーティン・ワークにホトホト嫌気がさして、ステージの途中でベートーヴェンの「皇帝」を放り出し、街に彷徨い出るのである。実は彼自身が慰めを必要としていたということではなかったろうか。やがて、彼は病院のような場所に辿りつく。そこは老人介護施設のようなところらしい。そのロビーのような場所にピアノがある。彼はそこでやおら「コンソレーション第3番」を弾き始めるのだ。その後そこでどんなことが起こったか。それについて、私は敢えて書かないことにする。そこで語られていたのは一言でいえば「音楽とは何か」という問題だが、それは一人一人の音楽に携わるものが自分自身の問いとして深めていかなければならないこととして与えられている。

多弁を弄しすぎたことに恐れを抱きつつ、さらに書き継ぐことをお許し願う。
第一部の最後に登場した堀江普さんのヴァイオリン、そのヤナーチェクの「ソナタ」に私は心から感動した。ヤナーチェクは全く独自の語法で書かれた音楽である。人生が思い通りに行かないことはいわば常識に属しているが、彼ほどそのままならぬ人生に呻吟苦闘し、またそれを音に表現し得た作曲家は稀であった。
一方にハイドン、モーツァルトがあり、他の極にベートーヴェンのような人物がいるとするなら、ヤナーチェクは疑いもなくベートーヴェン的な表現を得意とする、そういった資質の人である。そういう人に「苦悩」はやってくるわけだ。
音楽が楽しいものだけであるわけはないのである。人生の本質が生老病死である以上、苦の表現に添うのは音楽家の使命でもある。よくぞ、堀江さんはヤナーチェクを取り上げられた。また見事な演奏だった。私の席からは彼女の後ろ姿しか見ることが出来なかったが、その姿が何とも素晴らしく美しい。こんな姿勢、背骨の動きからしかヤナーチェクは弾けない。そのような見事な自然の動き、後ろ姿だった。
堀江さんには、ロンドン、ベルリン、ウィーンやプラハで、この曲を弾いてみて欲しい。またヤナーチェクの故郷、モラヴィア地方の人々にも是非聴かせてみたい。どんな反応が返ってくるか、それがとても楽しみだ。
ヤナーチェクの「ソナタ」のCDを私は5枚持っている。その中の2枚を愛聴していたが、いまはもう一枚加えたくなった。もちろん……、

ともあれ、一つの祭りが終わったのであろう。10人の素晴らしい音楽家が旅立つことになった。その場に立ち会えて、音楽というものが如何に素晴らしいものか、その確信を得た喜びが何ものにも代え難く思えたのである。10人の方々に心からなる感謝の気持を捧げたい。

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ネギは夫婦

4月22日、曇り。
昨日あたりから冷えて、今日は久しぶりにストーブに点火する。何と贅沢で気持のよいことよ。

ネギの植えかえ……。溝を切り、堆肥を入れて、ネギ苗を植えていく。
ネギは夫婦。ネギは2本ずつ植えていくのである。それを仲のよい夫婦に見立てたわけだ。このことを私はサッちゃんから教わった。サッちゃんは栃木県の石裂という山奥の村に育った。ことさらに百姓仕事を習ったことはないというが、自然に色々なことを知っていて、ふとした弾み、こんな面白い言葉が出てくる。
30年ばかり前、私は思いつきで土いじりを始めたけれど、そのとき協力してくれたのがサッちゃんである。当時はマルチを敷いてトンネルを作ったり、小さなビニールハウスまで作った。やり方はすべてサッちゃんから習い、一緒に作ったのである。その後こんな面倒なことを私はやらなくなったが、その言葉だけ、いまは亡きサッちゃんの面影とともに私の記憶に残ったのである。
「ネギは夫婦」、それを心に念じながら苗を植え付けていくのである。2本の苗はやがて太くなるから、当然ながら適当な間隔をあけて植える。また2本ずつだから意外なほど量がいく。気づいてみれば、大きく束ねられていた苗が残り少なくなっているというわけである。「ネギは夫婦」はサッちゃんからの有難い、また楽しい贈り物なのであった。

ところで、ネギの植えかえ作業をやっていたのは、昨年はジャガイモを作ったところである。大きく育ったプラムの木の傍だから、日陰になって充分に日当たりが好いとはいえない。そこで仕事をしていたら、プラムの木にハトがやってきた。とまった枝からはグルグルと気持よさそうなくぐもり声が聞こえてくる。私との距離は、やはり3メートルといったところではなかろうか。
例のハトではないか、そう私は思っているのである。先日来ハトの方から近づいてくる。これは私に限ったことかと思っていたら、真理にも近づいてくるらしい。いやぁ、訳わかんないですなぁ。
ハトは暫くすると、バサバサと羽ばたいて地上に降りてきた。辺りを歩き回りながら、摘み食いみたいなことをしている。そのうち草を積んだ山の上にうずくまってしまった。そこから私の作業を眺めているふうである。こんなふうに30分くらいが経過しただろうか。そろそろ私が引き上げにかかろうとすると、ハトは再びプラムの枝に飛び上がった。それから、いずこかへ飛び去っていったはずである。私は鍬やらスコップやらを水洗いしている。目の隅にハトの動きを追っていたけれど深追いはしない。それくらいの慎みは持っているつもりである。
スコップと鍬を積んだ一輪車を押して倉庫に向かう。アンズの枝のあちこちから新芽の芽吹いているのが自然、目に止まる。あるいは幹から直接、また根元からも小さな新芽が出ていて、その姿がなんとも美しい。
つい先日、桜の古木を観てきたが、その木もそうだった。枝いっぱい花を咲かせていたのは言うまでもないが、思いがけない場所、幹やら根元やら、いたるところから新たな芽吹きや開花が見られた。つい先頃まで死んだようだった樹木が春の気配に眠りを醒ます。それは樹木全体から生命が溢れかえるような光景だったのだ。

ハトとのことに拘泥わるつもりはないのである。
しかしながら、こうした別の生き物、異種・異類、あるいは人間相手ならば他人ということになるけれど、そういう相手との付き合い方、その可能性について、もう少し幅広く考えたいという気持が、私にはある。そういう意味において、私は結構ロマンチストなのかもしれないと自分自身を思うところもある。
私たちは色々なものに支えられて生きている。そのように支えてくれるものを広く環境といってもいいけれど、そういうもののなかに穀類、野菜、果実、それに牛、豚、鶏のような家畜もある。しかし、それだけではないだろう。酵母や乳酸菌、また森林が炭酸ガスを吸収し、酸素を放出してくれなければ、大気は澱んで人間は地上で生活できなくなる。健全な水が循環するにも生態系全体が関わっていて、そういった全体の調和を生み出していくために、人間は色々な物事との付き合い方を考え直してみないといけない事態に立ち至っている。ありとあらゆるものとの付き合い方である。
足元に生えている草だから足蹴にしていいということではないだろう。自分より弱いから苛めていいとはならないだろう。関係は一方向でなく、常に双方向の応答で成立する。不幸は自分の蒔いた種から生じている。こちらの姿勢が変わると相手もおのずから変わってくるだろう。
以前、井の頭公園内「熱帯園」を訪ねたときのことである。深々とした熱帯の森を眺めていたら、私の隣りに大きな鳥が突然ふわりと降り立った。鳥はオオハシという巨大な嘴を持つ仲間だが、それは私に近づき、コツコツと私の手の甲をつついた。これはもちろん攻撃ではない。親愛の情のこもった挨拶である。
園内の注意書きには、決して動物に触れないようにとあったのである。事故があってはならないからだ。ただし、これは建前。鳥は向こうの方からやってくるのだから、本音は動物たちと礼儀正しく、どうぞ親愛なる情を交感してくださいということではないか、と私は思ったのである。
人間はあらゆる機会を捉えて、相手を従えようとしてきたのであろう。従えよう、支配しようと思えば相手は逃げていく。鳥たちは人間を遠巻きにして遠離る。もしも相手が人だとしても逃げていくに相違ない。逃げ場がなければ「窮鼠猫を噛む」の喩えどおり反撃で応じてくる。分かり切ったことだ。
人間は随分つまらぬ生き方に執着してきたものである。奇妙なことに不思議なほど執心で、それはときには不気味なほどなのである。もう少しマシな面白い生き方があるのではないだろうか? そんなことを思いながら、なんとか私はここまで生き延びて来た……。

4月23日、小雨が朝から夕まで小止みなく降る。
寒々とした一日。今日もストーブで暖を取る。格別な贅沢といった感じがいいです。
2階の部屋から南にひらけた景色を見ていると、緑の嵩が圧倒的、ストーブを焚きながら、やはり今日は春ただなかなのである。隣家の梅の木の向こうにはハナダイコンが群れて咲くのが見える。先週は見えなかったのだから、この数日で一気に開花したわけであろう。
その周囲に何とも美しい淡い緑の帯が広がっている。おそらくはハコベやナズナの群生だろうが、嵩高く立ち上がった、それら野草に雨滴がまぶされ、それが曇り空の柔らかい光を反射して不思議な色合い、雰囲気を醸しているのである。その美しさに、私たちは思わず知らず、息を呑む。

自然のなかで暮らしていると、ときに光の魔法と思えるような不思議な経験をするのである。
いつぞや、そう、もう2月も以前になるか。冬の朝、焚き火をしていて、隣家のムクの木の幹全体が神々しいような燻銀に光っているの発見し、驚いたことがあった。ムクの木は2本。いずれも、それなりの太さ。古代の人々だったら、もしかしたら、それらを男神・女神に擬えることだってあったかもしれない。
実は、木の幹は前夜の雨に濡れていた。それが朝の太陽の光を受けて、そういう不思議な輝きを放っていたのである。だが、こんな解説は無用である。そんな賢しらな理解が、そのとき私たちが感じたワクワクする気持をどれほど助けてくれたとも思えない。「その中にあって共にいる」。このことこそが重要である。

これは、かれこれ10年も前になる。多分、6月頃の出来事だったろうと思う。
隣家のシラカシが葉を落とすのは例年なら5月頃である。その後からカシは新芽を出すわけだが、その落ち葉が降り敷いて、その吹きだまりに梅雨時の雨が作用して、カシの葉が不思議な色に染まっているのを発見したとき、私は心底おどろいたのだった。
カシの葉はそこにあった多分2、30枚だけなのだが、赤銅色に輝いていたのだった。こんなことが一体あるものだろうか? 私は目を疑ったけれど、それはピカピカの10円硬貨、あの色なのである。葉を分解する菌類などの生物でもが関わっていたのか、私には分からないことだけれど、そんなことがあったのである。生命というものが水との共演の中から醸し出す不思議な光の饗宴とでもいうことになるのだろう。

郵便を取りにちょっと外に出る。霧のような小雨が降りつづいている。こんな中でも、上空からはヒバリの声。雲の上は青空なのか。そこで鳴いているのか?

4月24日、晴れ。
朝、雨戸を開けると、いちめん深い霧に覆われた光景に驚く。その霧は7時頃には霽れて明るい日射しが現れる。久々の晴天、それからグングン気温が上がり、昨日とは打って変わって、まるで初夏の一日といった感じになる。

朝にはベランダで今年初めての蜘蛛の饗宴。大小7個の網が掛けられていた。それらが雨滴を含んでキラキラ光る。いよいよ網に掛かる虫たちが出現して蜘蛛たちが活動を開始したわけである。これからの季節にはいくらでも見られる光景だが、何とも実に美しい。だが、洗濯物を干し、布団も干そうと思っているから、申し訳ないけれど、今日のところは退散願う。

突然ミツバが大きくなった。あちこち勝手に育っているから摘んで歩くのである。これから暫くはミツバ大尽の暮らし……。セリも一気に広がり、立ち上がってきた。草たちが伸びる時期に、セリやミツバが大きくなるのは当然であろう。素性を同じくしているわけなのだから。こうしてセリ、ミツバの香りが、毎年春を届けてくれる。

去年、鉄ちゃんから貰ったローズマリーが完全に草に覆われ、埋もれているのに気づいて救出に赴く。
取りついている草はイヌフグリである。引きはがしてみるとローズマリーは青息吐息の状態。ところどころ葉が茶色に変わっている。危ないところ。根元のところもイヌフグリの綿のような根がみっしり覆って息が吐けない感じ。それを剥いで、別のところから柔らかな土を補ってやる。「ああ、何とか」息を吹き返して貰いたいものだ。

一昨日の続き。ネギの植えかえ。
遅れ馳せに、キウリの種を蒔く。

菜の花畑にシロチョウたちが舞う。そのなかにツマキチョウを見つける。春の女神ともいうべき可愛い蝶だが、最初に姿を現すのは決まってオスの方である。オスは前翅の尖端にオレンジを配している。
菜の花畑では蝶が乱舞している。モンシロ、ツマキ、スジグロチョウ、それらに小型のアゲハチョウ。追いつ追われつ、接近するかと思えば、「あっ」という間に遠離る。今日は一気に春爛漫。

昼、ベランダに羽アリが3匹着地した。今日の佳き日を結婚飛行の日に定めたのである。

今日は一日よく晴れて、ヒバリが盛んに囀った。
ヒバリは囀りながら、上空を頻りに飛び交う。まるで歌合戦の模様、今日はその光景が手に取るように見えた。思わず見入ってしまう。

ジャガイモがそろそろ底をついてきた。
毎年、収穫のあとに何軒かに少しずつ分けている。それでも食べきれないで残ってしまうが、今年はキレイに食べ終わることになりそうである。
そう思って倉庫を覗いてみた。すると立派なものは残っていなかったが、小振りのものが寄せ集めると、まだ20個ほどもある。急いで芽を欠いて、これで当座をしのぐことができそうだ。取り敢えず確保する。悪くない。これでなかなか豊かな暮らしなのである。

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藤沢周平・人情話 その⑥

今回、とりあげる作品は秘密です。教えません、というのではなく、タイトルそのものが「秘密」。『時雨のあと』(新潮文庫)に収録されています。
この作品には最初出会ったときに魅せられました。見事な傑作だろうと思います。また作者にとっても会心の作だったのではないでしょうか。
人が経験を重ね、そして年老いていく。時間の経過の中で事実は間断なく降り積もり、意識はそれを反省、記憶として蓄積していく。その記憶に疑いを持たないのですね。若い頃は……。しかし時間の経過と共に老朽化する人間は記憶にも緩みが生じて、ややもすると「とりとめのない夢のようなもの」(182ページ)になってしまったりします。
人生とは何なんでしょう? 記憶は大切なことを伝えるけれど、不確かで曖昧なところは否定すべくもないですね。自分に都合良く改変していたりということだってあります。
老年の記憶の緩みのあわいから、ポカリと浮かび上がった真に不都合な真実と、そこに纏わる不鮮明な記憶、それを実に愉快に料理してみせた手練れの技が素晴らしいですね。扱われたテーマはまさしく人間存在の根源に関わる重大事なのですが、それを作者は滑稽とユーモアにまぶして珠玉の小品に仕立て上げました。

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いよいよ春・本番……

4月15日、薄曇り、ときに晴れ間も。

朝、キジの声で目を醒ます。

プラムの花が5分咲きとなった。その新緑が目を洗うようだ。一方、アンズの花はアッという間に終了。呆気ないほど……。
総ての植物が突然背伸びをしている。この一週間で菜の花も一気に背を伸ばした。十倍ほども背が伸びて、まるで魔法のようである。

そろそろキウリやインゲンを蒔く準備をしないといけない。
ネットがこのところの強風にまかれて複雑に絡んでいる。それを解すところから仕事をはじめる。どうして、こんなになっちまうんだ? イライラしても得することは何もないからゆっくり、少し暢気な気分でやっていく。下をピンで留めておかなかったから、こんなことになっている。でも、解れてみれば、それほど複雑に絡んでいたわけではなかった。
次にネットの下の草を取る。草の中から、実に色々な虫が出てくる。先週とは比べ物にならない。いよいよ湧いて出てくるような虫たちの出現である。
ナナホシテントウが草の上を歩いている。そのそばに見つけたのはクサカゲロウの幼虫である。あまり有難いといえないヨトウムシは5、6匹も見つけた。小さなミミズも既に多数出てきている。
何か光るものが動いて、手に取ってみると小さなトカゲであった。まだ気温が低いので真夏の俊敏な動きには程遠い。しげしげと眺めてみるが如何にもコレは自然界の宝石だ。怖いくらいに美しい。

ようやくタラノメが出てきた。決して数多くはないので我が家では貴重品である。
今年初めてニラを収穫する。あちこちにニラは植えてあるから、取っても取っても取り尽くすことはない。しかもニラは取ったら、またすぐアッという間に伸びてくる。ありがたい野菜なのである。

カサカサと間断なく音がしている。隣家のシラカシが葉を落とし始めているのである。見上げれば、舞い落ちる無数の葉がクルクルと裏になり表になり散っていく様が実に見事である。この樫の落葉は例年だと五月連休の頃から始まる。しかし今年は異常気象で樫は考えあぐねてチョット時期を早めたらしい。今年は生き物の世界で様々な戸惑いが見られるようだ。それぞれが環境異変にどのように自らを添わせていこうか悩んでいる姿であろうと思う。

アケビが沢山の蕾をつけた。三葉の方(こちらの花は臙脂色)は既に開花し始めている。五葉の方(こちらは白色)も数日中には咲き出すだろう。
三年ほど前になるだろうか。真理の一家が親しくしているKさんが遊びにみえたことがあった。Kさんは、お歳は既に立派なお婆さんだが、大きなアケビの実を桶に一杯摘んで、こんなに沢山いただいていいのかしらと心ウキウキ、その折の彼女はまるで女学生のような笑顔を浮かべていたのであった。若い頃の自分に再会した喜びだろうか。喜ばしい記憶とともに、そのころの自分が戻ってくる。そうした自分に出会っているのか。喜ばしい記憶を蓄えている人は豊かな人生を生きた人であろう。そうに違いあるまい。

そういえば、今日はヒバリがよく鳴いていた。雲の上で長時間にわたって囀っていた。雲の上だから姿は見えない。雲雀とは、よくも言ったものだ。

4月16日、曇り。

今日も朝からヒバリの囀りが聞こえる。遠い上空、遙か彼方から聞こえるのがいいんですね。神の祝福ですか?

芽出しをしておいた8本のインゲンを植えかえる。先頃、植えかえたばかりのタマネギ苗の中に割り込むように。

カラシ菜があちこちで増えすぎ。それを除いていく。引っこ抜いて倒していくわけだ。カラシ菜は丈夫なので放っておくとどんどん広がる。そこで地域限定で育ってもらうことにするのである。
こうして乱暴に引き抜いていくと虫たちは恐慌をきたすことになる。根元ではミミズが狼狽える。葉についていたナガメがはらりと落ちていく。花に来ていたハナアブは迷惑顔に、だが飛び去りはしない。私が横たえた花にまた取りついていくのである。
そこで私は引き抜いた菜花をただ積み重ねることはしないで、花を上に、命脈尽きるまで暫しの間、虫たちのためのテーブルとして掲げてやることにする。

夏草の代表格ともいうべきツユクサを一茎みつける。なんと早々のお出まし! 先日はカナムグラの双葉を見つけたが、これも見つけたのは一本だけだった。もっとも、いつもの年なら当然。今年はいかにも寒く遅い春だったから、私がそう思うだけかもしれない。
植物は早生があって後続があり晩生へと、それだけの厚みが重層して、その姿を全うしていくわけだ。そういう当然の振舞いを人間の感受性が切り取って、早いとか遅いとかと感じるようになっている。そんなことだともいえよう。

スイセンやヒヤシンスが満開になっている。その花壇の脇にクロヤマアリの巣が出現。昨日はなかったのだから、今日が巣穴開き当日である。穴の周囲にうじゃうじゃ黒々アリが蝟集して、いよいよ活動開始の狼煙が上がるといった按配、そんな勢いだ。

4月17日、曇り、ときどき晴れ、午後4時頃から猛烈な雷雨。

今日もヒバリの声が雲の上から。
カシが葉を落とす音、間断なくカサカサと。

ネギがそろそろ葱坊主を出してくる。花芽が出ると硬く不味くなるから、いまのうちに掘り出して、せっせと食うことにする。
掘り出して水洗い、泥を落とす。つい先頃まで氷のように冷たかったが、いまは水ぬるんで、実に作業が楽ちんである。

ポポーが丸い蕾を沢山つけている。釣鐘形の開花は、まだ1輪、2輪といったところ。この花の色と似た花がどこかにあったなと考えて、思い当たったのがアケビだった。三葉のアケビの臙脂色に似ている。しかし微妙に違っているようにも思える。いずれにもせよポポーは風変わりな花である。

ナナホシテントウの姿をあちこちに見る。忙しく動いて、適当な葉裏に卵を産み付けようとしているのでありますかな?

ふと見上げると、スズメが一羽飛んでいく。長い藁のようなものを一筋くわえて。見ていると、スズメは隣家の通気口に飛び込んでいった。そこで巣作りが始まったわけであろう。虫が突然溢れるように出てきたから、子育てへの意欲が発揚されたわけだ。

昼食後、ベランダ越しに庭を眺めていたら、キジがやってきて何やら奇妙な行動を開始した。双眼鏡を取り出して見てみると、それは泥浴びをやっているのであった。
私はキジの泥浴びを初めて見る。図体がデカイ、なかなかダイナミックである。そこは見晴らしのよい、ある意味で危険な場所なのだが、彼は悠々と念入りに泥を浴びた。時間にしたら10分くらいの間ではなかろうか? すると、そこへ、どこからともなくメスが近づいてきた。やがて番いはゆっくり移動を始める。北へ向かって……。そして私の視界から外れていく。
こういう情景に夢中で眺め入っていると、そこでは普段とは別の異質な時間の中に自分が住まっていることを感じる。謂わば、浦島の竜宮体験にも似て、時間の経つのを忘れている。すると、そこでは、こんな会話、やりとりも聞こえてくるのである。
「あんた、随分ながいこと泥浴びしてないんじゃないの? 面倒がらないでやらなきゃダメじゃない」とメスからのクレーム。
「そうはいうけれど、なかなか適当な場所がなくてね」
「そんなことないでしょ。アソコなんか丁度よい按配の湿りぐあいよ」
「でも、アソコは見晴らしが良すぎて危険じゃないか?」
「私が見張って、危険だったら、すぐに合図するから」
……てぇなことで、オスは泥浴びを敢行しましたな。
「まあ、サッパリしたわね。あんた、これでだいぶ男前あげたわよ」
キジの世界も、やはり女性上位になっておりますですかな? さてさて季節はいよいよ春・本番ということになってまいりました。

Filed under: 庭の記 — admin 11:53  Comments (0)

遅い春、満開

4月8日、快晴。無風。もっとも午後2時ころから、やはり風が吹き始めた。
先週、咲き出したアンズがあっという間に満開になった。このピンクの花が咲くと春が来たという感じになる。一気にパッと庭が明るくなるのである。

アンズの花

朝から大音量で演歌が流れる。隣家Aさんがカー・ステレオでやっているのである。こんなことが時々ある。鬱を散じているわけであろう。音はデカイほどよいのであろう、こんなときには。鬱屈が大きいほど音量もデカクなる。それで気持が晴れれば申し分ないではないか。それで結構上機嫌なのだから……。
毎日やるわけではない。滅多にないことだが、ときどきあるのだ。それを「やってる、やってる。いいぞ、いいぞ」なんて、こちらは思っている。面白がっているわけだ。

先日の強風で井戸を覆っていたシートが飛ばされそうになった。その始末を二人でやるのである。毛布を巻いてブルーシートで覆う。それをパイプにシュロ縄でしっかり結わえ付ける。同じことを、たぶん10年くらい前にやったのだなぁ、なんて考えながら……。

春の準備。キュウリネットを新たに張る。
ここにキウリやインゲンの種を蒔くことになるが、スペースが勿体ないので残っていたタマネギの貧弱な苗を植えかえておく。異なる品種それも系統の遠いものを混ぜ植えする効果を最近ではコンパニオンプランツという考え方で普及しようという考えがあるそうである。それに類することは昔からやっていた感じだ。狭い土地を有効活用しようとなると自然そういうことになる。

クサギ、2年ものを1本だけ残し、3本ばかり掘り取る。
現在の親木は傷んできているので、次世代を準備しておくのである。

4月9日、快晴。今日は異常な暖かさ。20度くらい、いやもっとありそうだ。
10時過ぎ頃から、やはり風が吹き始めた。
白いプラムの花が咲きはじめた。

4月10日、晴れ、あるいは薄曇り。昨日に較べると少し涼しい。
プラムが一日で急にほころんだ感じ。早3分咲きである。

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ヘビに遇う~ハト救出ス~そして嵐

4月1日、晴れ。朝は風がなかったが、やはり午後になると風が強まってきた。
前日は猛烈な風が吹き、雨も降ったが、今日は朝から晴れたので庭に出る。
隣りの梅は、ほぼ5分咲きといったところだろうか。
我が家の杏の花も、ようやく一輪ほころび始めた。
一挙に緑が嵩を増し、春が津波の勢いで迫りつつある感じである。ヒヤシンスが咲きはじめた。スイセンもまた然り。菜の花がようやく咲きはじめた。まるで待ち遠しい北国の遅い春のように今年は一気に春がやってくる気配である。

先週中に掘っておいた溝に、残っていた男爵を放り込むことから仕事が始まる。それを終えて、こんどはメークイン用の溝を掘る。ハコベの群落を引きはがしたりして溝を作るけれど、ハコベの根が大量の土を抱えていて、ここにも春の力強い勢いが感じられる。

真理が私を大声で呼ぶのである。駆けつけてみるとヘビのお出まし……。
小さな枝など積んである一画がある。それを片づけ整理するつもりでガサッとひと重ねの枝を真理がどけたのである。すると、そこからとぐろを巻いて休眠中のヘビが出てきたというわけだ。
安心してゆっくり寛いでいたわけだろう。とぐろの向きが逆さで、ひっくり返っているではないか。腹が上を向いている。布団の中で仰向けに寝てる我々同様、リラックス状態というのは、やはり腹が上ということだろうか。攻撃態勢のとぐろは、むろん腹が下側である。ご存知の通り……。
ところが、こうして安心して寝ていたら、いきなり布団を引っぺがされた。こりゃ堪らん、といったところだろうが、奴は思いの外、一向に動き出す気配がない。案外まだ気温が低いからか、などとも思うが、そうではないだろう。もう少し布団の中で寝ていたいという横着に相違ない。……その間合いを計って、カメラを取りに、私は走る。
結果がこの数葉の写真である。確かに腹側が剥きだしになっているのがお分かりいただけるだろう。とぐろの中心には頭も見える。

休眠中のヘビ

この間、7、8分くらいだったのではあるまいか。やがて、とぐろがゆっくり回り出した。ズルズル解けるように動いて、ヘビは地中を目指しているようである。せっかく良い気持で寝てたんだぜ。いきなり布団引っぱがすなんてアリかよ? そう思ったかどうか、彼はもう一度、さらに居心地よい場所を求めて、地中に姿を隠したのであった。その間、わずか2、3分くらいの経過であったろうか。これはなかなかの見物であったわけでありました。

その直後に、もう一つ事件がおこった。
ばたばたと大きな羽ばたき。振返ると網にハトが掛かっている。脚を絡まれてしまったようだ。網というのは農業用キウリネットのことである。鳥がかかることなど滅多にないが稀にはおこる。以前にムクドリがかかって絶命していたことがあった。
早く救出してやらねばと思う。ハトが羽ばたくとネットが大きく揺れる。拗れてしまうと面倒なことになる。駆けつけて、まずはハトの身体を抱きすくめる。そしてネットから放つ。ハトは後ろも見ずに隣家の樫の木の方へ飛んでいった。まあ、こんなとき、名残り惜しそうに離れていくことなどあるはずないわけだが……。
あとにはハトを抱いたときの体温が手に残っているのである。ハトの身体に触れたのは何十年ぶりだろう。その体温は思いがけないほど高く、それは妙に心に染みいるものなのであった。

前日の風の被害、そのひとつを記しておく。
我が家では庇の下、雨が降り込まないところにトロ箱を置き土をいれてある。もう十年以上も前からやっていることだが、こうしておくとウスバカゲロウが季節になればやってきて卵を産んでいく。縁の下という申し分ない環境が近ごろ奪われて住宅難になっている彼等にとって恰好の産卵場となっているわけである。
そのトロ箱が風で吹き飛ばされていた。普通では考えられないことだし、こんなことはこれまで一度もない。どういう加減か、箱の中の土が巻き上げられ、軽量化した箱が一気に持って行かれたのだろう。それにしても、どんなふうに吹いたのか? これもチョット想定外なんて、いえばいえないこともあるまい。私はアリヂゴクのために、また土を盛る。定位置にトロ箱を戻してやらねばならない。

『火花(北條民雄の生涯)』高山文彦著(角川文庫)を読み始める。ほぼ9年の間、積ん読になっていたものを先頃取り出しておいたのである。

4月2日、晴れ。朝はやはり霜がうっすらと覆っていて冷たいのだ。春はそこまで来ている感じだが、それにしても一日の寒暖差が実に大きすぎるのである。
穏やかに晴れて風もない。朝、庭に出る。
玄関脇のアンズの木を見上げる。ようやく2、3輪の花が綻び始めている。そこにキジバトがやってきた。ハトが向こうの方から近づいてくる。こんなことは、ついぞなかったことである。キジバトはヒトの姿を見ればサッと飛び立ち距離を空ける。都会のハトどもが一向に頓着せず、ヒトの足元で餌を拾うなど、野生として生きるキジバトの習性からは想像できないことなのである。
相手との距離を正しく守る。これが野生の大切な約束ごとである。それぞれの種が独自の取り決めを遵守していることは、自然を注意深く観察していれば、すぐに分かってくることである。
ところがハトは向こうの方から、私に近づいてきたわけだ。アンズの枝に止まった位置から、見上げる私との距離はせいぜい3メートルである。ハトは、私を見つめるわけではない。そんなことは野生界では完全なルール違反である。むしろ落ち着かない様子で脚元を踏み換えながら、私からの視線を外すように(私の方だって、まっすぐ見ることはしない。さらぬ体にて横目で盗み見る)明後日の方へ向きを変える。
ハトは何を思って、やってきたのだろう。昨日は助けてもらってありがとう。そう考えたいのはやまやまなれど、これは擬人化。ハトの考え、精神といったものを、我々が簡単に想定することなどできるわけもない。昨日の思いがけない遭遇がもたらした衝撃(ヒトに瞬時ではあれ、触れられ、抱きすくめられたという)が、通常あり得ない行動へ誘ったというくらいがせいぜい、といったところ。一応そういうことにしておかなければ……。
この日、ハトは私に三度接近を試みたのである。
最初は既に記したとおり。二度目はタマネギに堆肥をばらまいているところ、すぐそばの栗の木にやってきた。目を合わせることはしないけれど、距離はやはり3、4メートルといったところである。
三度目は聊か申し上げにくいことだが、庭の隅で立ち小便を試みているところにやってきた。屋外での立ち小便はなかなか気持がよい。ところがハトがやってきて何やら憚られるものを感じたのであった。見つめられていたわけではない。しかし何とも言えぬ居心地悪さを感じた。
ハトが何を思って、そんな振舞いに出たか、それは分からないのである。ハトが自分の行動を反省意識に沿って分析、あるいは説明・解説するわけなどないから、私がそこまで立ち入り、こんなことをくだくだしく述べることは、そもそも余計なお世話といえなくもない。とはいえ、この日こんなふうに、私たちはお互いを意識しあっていたということだけはいえそうなのである。人間の生活と自然界の狭間に思いがけずひらける通路。ときに垣間見える興味深い景色がそこにあったということではないのだろうか。

メークインの植え付け、今年は7個だけ。溝に放り込んでジャガイモの作業が一段落。今年は寒い日が続いて、結果、植え付けが遅くなった。

4月3日、曇り。今朝は昨日とは違って暖かい。
窓を開けると、ハトがプラムの木にやってきた。昨日のハトだろうか。ところが私には一羽一羽のハトの見分けがつかない。行動の特徴から判断するほかないのである。よくよく注意深く観察すれば一羽一羽に違いがあるのだろうが……。

先頃いただいたキンカンの種を庭の一画に蒔いておく。もしかすると……というわけ。

小さな器(半密閉型容器)にインゲンとキウリの種を蒔く。これは部屋の中で発芽させようという魂胆である。まだ、外は寒いから路地蒔きには無理がある。少しでも早く収穫するための試み。

Eさんの話。
31日の強風で塀の縁には信じられないほどの大量の土が吹き寄せられたのだという。
それを彼女は一人で片づけていた。Eさんは腰が海老のように曲がっている。とても不自由な身体なのである。その通りを忙しそうに通り過ぎていく人たちがいる。車が減速もせず、一気に走り抜けていったりもする。
そういうなかに近所の人で出勤途中、立ち寄って親切に手伝ってくれた人がいたそうである。その人が立ち去ったあと、しばらくするとその奥さんがやってきて手伝ってくれたそうだ。そのうち、そのお子さんたちもやってきて手伝ってくれる。まったく思いがけぬ援軍があらわれて助けられたのだそうだ。
男性は通勤の合間に思いついて妻に電話ででも知らせたのだろうか。困り果てている人へのこのような温かい心遣いはEさんの身に染みた。
親切あるいは愛、そういったものを家族ぐるみで広めていく行動。それも極く自然な形で……。危機に遭遇し、人間が本来持っていた善きものに、多くの人が気づき始めたのであろうか。誰もが潜在させている力に気づき始めたということか。志ん生さん流にいえば、親切の国から親切を広めにやってきた人が最近ふえているということだな。

朝9時半すぎから強風が吹き始めた。31日の強風。そして今日。予報では先日以上の猛烈な風が吹くという。夕方6時から9時がピークであるという。
時々刻々、気象が動いていく様子を観察し、短期の予測であるなら、ほぼ正確に画面に示すことができるようになった。だが最近の気象の特異な面、その意味を評価し、今後の判断の指針にしていくことに、それがどれほど役立つのかというと、これは全く別のことではあるまいか。ここ数年の気象がこれまでになく荒々しい顔貌になってきているのは、背後に温暖化の問題があるからというのは、すでに大方の実感であろうと思う。
これを分かりやすい比喩で表現すれば、人類社会が垂れ流し的に乱用し続けたエネルギーが地表や海水に吸収され、過剰に蓄積され、飽和状態になって、いわばその慢性状態に耐えきれなくなって、慢性が一転ついには急性症状に形を変えてきたと理解すれば分かりやすいのではないだろうか。地球に無理な負荷を掛け続けた現代文明は、すでに原理的に破綻している。今日の事態はそういうことを語っていると私は考えるが、にもかかわらず方向転換を必要と考えないほど人類が賢いとなると……、これは一体どういうことになるか、そんなことを抱えながら生きることは、実に何ともココロ楽しくないことといえよう。今日的危機の本質は実にここにある。文明が取り返しのつかぬ誤った生き方を人々に奨励してきている。この一点に問題は実は集約されつつあるのではないのだろうか。これからは気象の面でも、これまでにない、いわば異次元の厳しい試練に、我々は長い間、耐えていかねばならないことになるかもしれない。因果応報とはこのことだ。私は敢えて、今日このことをここに記しておこう。

4月4日、晴れ。午前中、名残りの強風が吹き続く。

昨夜の風雨は、実にあっぱれなものであった。春一番、春の嵐などとは別次元の新型である。これまで経験したことのないものだ。予報通り、夜の9時頃まで、荒れに荒れた。突風・烈風、なんと名付けてもいいが、これは春の嵐などという生やさしいものではない。烈しく吹いたところでは電柱がなぎ倒されたそうである。これからの秋の台風シーズンはどうなるだろうか。集中豪雨、土砂崩れの被害が昨年も頻々と伝えられたばかりである。因果なことである。私たちはいよいよこれから好ましいとは到底言えぬような結果を引き受けなければならなくなった。

朝、車に乗って出かける用事ができた。
エンジンを吹かしていたら、向こうの方から、コジュケイが2羽やってくる。外は昨夜の名残り、いまも猛烈な風が吹いている。私は車の中から彼等を眺めているのである。
庭は一面、野草の原。ハコベ、ホトケノザ、ナズナなどが敷き詰められていて、その丈はいまでは15センチを越えただろうか。その草の群れが見事いっせいに靡いて、風の凄まじさを表している。
2羽は風に向かって進んでくるのである。風に煽られそうになりながら、それぞれがコースを辿っていく。そんな中でも目と口は忙しく働いている。この強風の中で彼等はいつもの食事に勤しんでいるというわけだ。煽られながらヒョイと嘴が差し出される。転びそうになりながら、またヒョイ、またヒョイと。
一羽は車のすぐ脇、私の眼下を通っていく。風の凄まじさで彼等はエンジン音にも気づかぬようだ。頓着なし。そして、別の一羽は向こうへ離れていく。それがやがてまた交わるように交差し、また離れて、転げるように遠離っていく。結果、即かず離れず、2羽は仲良しの番いであるわけだろう。私の視野の中を二筋の流れとなって通り過ぎていったのであった。

その後、街中でも風の驚異を目の当たりにする機会があった。すでにピークはとっくに過ぎて、この凄まじさなのである。
ネコが家並みにそって身体を沈めながら歩いているのを見かけた。そのネコが角を曲がる。そこから数歩、歩んだところで風に飛ばされた。思わずよろめいて車道の方へ持って行かれる。車が停車して事なきを得た。車も始めから徐行している。それだけ猛烈な風がいまも吹いている。

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